伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2013.06.28
新倉本が招くヌレエフの誤解(10) - 完璧な踊り
2013.06.26
新倉本が招くヌレエフの誤解(9) - 異様な趣味
2013.06.24
新倉本が招くヌレエフの誤解(8) - 女性関係
2013.06.21
新倉本が招くヌレエフの誤解(7) - 批判の的
2013.06.19
新倉本が招くヌレエフの誤解(6) - ブルーンとの関係

新倉本が招くヌレエフの誤解(10) - 完璧な踊り

  1. P.55 簡単にこなせてしまうために(「三日月クラシック」の原文比較3より)
  2. P.56 後に続くのは若きヌレエフ(「三日月クラシック」の原文比較4より)
  3. P.58 どんなに優秀なダンサーよりも傑出し(「三日月クラシック」の原文比較5より)
  4. P.219 姿勢を評価(「三日月クラシック」の原文比較4より)
  5. P.220 新たな挑戦(「三日月クラシック」の原文比較4より)
  6. P.210 皆はなんとかして彼と踊りたがりました(「三日月クラシック」の原文比較2より)

「ヌレエフのダンサーとしての力量が過大に書かれても、悪いことはない」という考えもあるかも知れません。しかし、ヌレエフの映像はいくつも購入可能だし、YouTubeで試聴するのも簡単です。余計な祭り上げは、不必要な幻滅を生みかねません。

キャリア最初の頃

第1、2項はワガノワ学校時代のヌレエフについて。本格的にバレエを学び始めた年齢が遅いというハンデを背負ったヌレエフは、スターの座に駆け上がってからも技術の不完全さをよく指摘されました。まして同級生に追いつくのに懸命だった学校時代なら、むしろ技術的には見劣りしていた時期の方が長いでしょう。

第1項の"peine à réussir"(成功するのに苦労する)が「簡単にこなせてしまう」に、第2項の"totalement étranger"(完全に無縁な)が「後に続く」に、第2項の"il n'est pas un danseur 'impeccable'"(「完璧な」ダンサーではない)が「完全無欠なダンサー」に。ここまで何度も逆に間違えるのも至難の業に思え、「天才ヌレエフに欠点があるなんてありえない」という思い込みに基づく意図的な書き換えを疑いたくなります。

第3項はヌレエフのキーロフ入団に関連する文。まだドゥジンスカヤとの「ローレンシア」デビューもしていないのに「革命以降のどんなに優秀なダンサーよりも傑出し」とは過剰な賛辞だと思って原文を見たら、ヌレエフではなくキーロフ初演バレエの話でした。balletsを「ダンサー」と訳すのは、バレエ本を読み慣れていればありえないミスだと思うのですが。

キャリアが花開いた後

古典ダンサーがコンテンポラリーに取り組む、あるいはその逆は、当時は極めて異例だったようです。ヌレエフのチャレンジ精神は賞賛されるべきものですが、試行錯誤の成果が必ずしも素晴らしい踊りばかりだったとは限りません。第4、5項で述べているのは恐らくそのこと。もっとも、「ヌレエフのコンテがどれだけ素晴らしくても、古典でしか見たくない」というファンがいても不思議はありませんが。

第4項でファンの一部が評価している(述語estimentの目的語)のは、古典レパートリーのヌレエフだけ。確かに"A à tel point que B"(あまりにAなのでBである)はいささか難しい構文ですが、「嘆く」(déplorent)に当たる語句を訳文に入れないのは、原文を正しく日本語に置き換える努力を放棄したように見えます。第5項で原文直訳「この議論を支えることになる」が「 彼の新たな挑戦へ弾みをつけた」になったのは、第4項である前の文でヌレエフが絶賛されているという思い込みを突き進めた結果でしょうか。

第6項は、ウィルフリード・ピオレの抑えた論評が絶賛になるという激変。"il y avait d'aussi bons danseurs à l'Opéra."(オペラ座には同じくらい優れた男性ダンサーたちがいました)というごく簡単な文を消すようでは、私には単なる不注意に見えません。

新倉本が招くヌレエフの誤解(9) - 異様な趣味

ここで挙げるのは、訳本を読んだとき「ヌレエフってそんな変なことするの?」と思った個所。今まで挙げた、ヌレエフの人格にかかわる個所に比べると、微笑ましいとすら言えます。しかし、「ヌレエフは変人だから何でもあり」と言わんばかりに新倉真由美と文園社がノーチェックでこんな変な記述を出版したのには驚きます。

  1. P.89 外出時には羽飾りのついたターバンを巻くかクロテンの帽子をかぶり、(「三日月クラシック」の原文比較4より)
  2. P.193 岩でできた大邸宅(「三日月クラシック」の原文比較2より)
  3. P.213 教養のある人間で、プルーストの本を熟読しながら書斎に置くのを好まない(「三日月クラシック」の原文比較2より)

ターバンやコサック衣装でパリで外出?

第1項は、原文で前の文(訳本では「もじゃもじゃの髪で~同意することはなかった」)に付いていた"À la ville"(市街では)がここで"À la scène"(舞台では)の代わりにあるように読み間違えたのだと思います。それにしても、パリの街中でターバン姿とはあまりに奇想天外。

羽飾りが付いたターバンをしているのは、件の個所で触れられている「ラ・バヤデール」のソロル。いくつもの版で共通する衣装のようですね。新倉真由美はヌレエフ版も含めて「ラ・バヤデール」を見たことがないらしいので(記事「バヤデールへの刺客は踊っていたか」を参照)、当然分からないでしょう。しかしせめて、バレエ書籍をよく出版する文園社の誰かが、出版までの過程で連想すればよかったのですが。

岩でできた大邸宅?

第2項の個所を訳本で読んだ後、私は思わずヌレエフのリ・ガリの家の写真をインターネットで検索してしまいました。普通の建材を使っているように見えます。それに原文のpiton(山の尖鋒)は家に置き換えられる言葉ではありません。

この部分はヌレエフ所有の不動産を列挙した一つであり、他の不動産は家や牧場やアパルトマンです。「ガリの島」を新倉真由美が「リ・ガリ島の家」に変えたのは、それらに合わせたのかも知れません。「島」を「島の家」にした以上、新倉真由美にとっては「この岩だらけの鋭鋒」も家を指す言葉でなければならなかったのでしょう。

しかし、リ・ガリは小さな島々の集まりであり、ヌレエフはその一つである島Gallo Lungoをまるごと買い取った可能性があります。断定できるほどの出典はまだ見つけていませんが、英語wikipediaでのリ・ガリの項では、マシーンもヌレエフも島を買ったという書き方です。それを知らなくても、岩でできた大邸宅よりは島を買うほうがよほど現実性があります。

教養とプルースト熟読と書斎に置きたくないことの関係

第3項は初めて読んだとき、「教養のある人間なら喜んでプルーストを書斎に置くだろうに、なぜ好まない?」と戸惑いました。もっとも、「プルーストを好まない」なら個人の見解の一つとしてありでしょうが、「熟読しながら書斎に置くのを好まない」って、どういう心境なんでしょう。書斎以外で読みたい?それとも書斎以外に保管したい?でもそれと「教養のある」の間に何の関係が?

新倉本が招くヌレエフの誤解(8) - 女性関係

  1. P.203 本性は変わらず、優雅なハーレムへと出かけて(「三日月クラシック」の原文比較2より)
  2. P.248 女性たちは彼に抵抗できず足もとに身を投げ出して(「三日月クラシック」の原文比較2より)
  3. (リー・ラジウィルは)ついに身を任せました
  4. P.152 彼に言い寄ってくる女性をなすがまま(「三日月クラシック」の原文比較5より)

この一覧はすでに記事「迫ったのはどちらか」に書いていますが、一応独立させました。

宿泊先に帰る→風俗に行く

第1項は、2年前に原文を読んだときよりは、新倉真由美訳が生まれた理由を理解できるようになりました。"dans la maison avec l'élégance d'une odalisque"(後宮の女奴隷の優雅さを持ち、家へ)を「後宮の女奴隷の優雅さを持つ家へ)と解釈したのですね。それでも、その解釈を通すために次の無理をしなければならないのは、その解釈に傷がある証拠と思います。

  • 単数形で書かれたodalisqueを女遊びの店にいる商売女にするために、「遊女たち」と複数形にして訳す
  • 原文直訳「劇場は彼を捨てなかった」を「(女狂いの)本性は変わらず」にする

なんだか、odalisqueからハーレムを連想した新倉真由美がその言葉を使うために、théâtre(劇場)の意味も、odalisqueが1人なのも、みな無視したように見えます。

その他の項

他の項はいずれも、代名詞を間違えたとか、使役文をまた間違えたとかいう小さなミス。しかしこんなに続くと、「わざと変えてないか?」という疑念が湧いてくるのも確かです。

なかでも、使役文が3つ連続するP.152。1番目が「言い寄ってくる女性をなすがままにし」、3番目を「世界で押しかけてくる人を自在に操り」になるなら、同じ構文の2番目は「目の前で震え上がる男性を思い通りにし」になるはず。なのに訳本では、2番目だけが正しく「目の前の男性たちを震え上がらせて」。2番目だけ正しく構文解析できるのに他の2つはできないのは、どうも不自然です。

本当は女性関係の噂は少ないヌレエフ

Meyer-Stableyは「ヌレエフとあの有名人が恋愛(肉体)関係に!」というゴシップが好きです。諸説飛び交い、真相は藪の中なフォンテーンについても断言しているくらいです。しかし『Noureev』で相手扱いされた男性は何人もいるのに、女性はわずかにフォンテーンとリー・ラジウィルのみ。他の伝記を読むと、ヌレエフの恋愛関係で取りざたされる人名はもっと増えますが、それでも女性が少ないのは変わらないようです。女性ファンへのセックス・アピールが強くても、それは自分の性的志向とは別ということですね。なのに新倉真由美のヌレエフはなぜこんなに女好きなのか、謎です。

新倉本が招くヌレエフの誤解(7) - 批判の的

  1. P.170 それは恐らく彼を最も有名にした要素だろう。(「三日月クラシック」の原文比較1より)
  2. 子どもじみた一面
  3. P.222 パリのデザイナーたちは批判している(「三日月クラシック」の原文比較3より)

一番有名なのは性格の悪さ?

第1項は「三日月クラシック」に文法の説明を書かなかったので、簡単に書きます。比較的簡単な構文で、大学教養過程でフランス語を学習しただけでも読めそうです。

  • 引用した文の主語、つまり「彼の最良の弁護士だった」(a été son meilleur avocat)のは、"Celui qui l'a sans doute le mieux connu"(恐らく彼を最もよく知った者)。その直後に出る名前Nigel Goslingは主語の言い換えです。主語の一部と呼んでも構いませんが、全部ではありません。
  • 主語の"Celui qui ~(節)"は[~である人」。補足説明として前の文に続く"Ce qui ~"(~であること)とは違います。
  • 節の述語は動詞connaître(知る、経験する)の活用形"a connu"。「有名にした」という訳語は無理。

ヌレエフについての説明として最も誰もが口にしそうなのは、「大物ダンサー」だろうと私は思います。また、「パリオペを再興した監督」「エイズの犠牲者」「ゲイ」もありでしょう。ヌレエフの我がままエピソードがそれらをしのぐほど有名とは思えません。新倉真由美が難しくない原文から現実的でない訳文を生み出したのは、自分が『Noureev』で読んだ、あるいは読んだと思い込んだヌレエフの悪行三昧に目がくらんだからではないでしょうか。

その他の項について

第2項で最大のミスは、Meyer-Stableyがヌレエフを呼んだ"bon enfant"が「好人物」というイディオムだと気づかなかったこと。しかし、直訳すると「良い子供」となるこの言葉、辞書を引く前から悪口っぽく見えません。それに、リンク先に書いたように、この言葉が悪口だとすると、後の文とうまくつながりません。しかし新倉真由美にとって、「ヌレエフ、子ども」から連想するのは「子どもじみた」なのでしょう。

第3項は、代名動詞"se disputer"(~を巡って争う)の解釈の問題。もともとdisputer(競う、争う)から派生した言葉であり、代名動詞は「互いに~する」という意味を持つことが多い。「互いに口論する→賛否両論である」くらいの連想なら、それなりに自然と思います。しかし、デザイナーたちが皆そろって特定の対象、この場合はヌレエフを批判するというのは、素直な推測でないように思えます。

新倉本が招くヌレエフの誤解(6) - ブルーンとの関係

  1. P.128 それは炎と氷の出会いであり、同時に天使と悪魔の邂逅でもあった。(「三日月クラシック」の原文比較3より)
  2. P.130 エリックに追いつき支配したがるようになった(同上)

似ている2人を対照的呼ばわりする新倉真由美

第1項で、原文最初の"les deux danseurs blonds se ressemblent"(2人のブロンドのダンサーは互いに似ている)は、誤解しようがない単純明快な文。「火と氷の出会い」や「同時に天使と悪魔」は、その詩的な説明です。リンク先で引用した部分の後、さらにMeyer-Stableyは「とても美しく、男女ともに誘惑するのを楽しみ、今この瞬間を利用することを知っていた」(原文の直訳に近く訳してみました)と続けるのですが、これもMeyer-Stableyが2人の類似点と見なしたものでしょう。

ところが、訳本では引用部分が「ヌレエフとブルーンの出会いは対照的な2人の出会いだった」という意味にしか読めません。仏和辞書を引ける程度のフランス語の知識があれば誰でも訳せそうな「2人は互いに似ている」が消された理由として、「難しくて訳せないから仕方なく」はあり得ません。では見逃し、あるいは字数の都合による省略でしょうか。しかし、訳本で「彼らは天使と悪魔である」が「それは天使と悪魔の邂逅である」に書き換えられ、「2人は似ている」の抹消と同じ効果をもたらしているのを見ると、私には新倉真由美が確信的に正反対の文に書き換えたように思えてなりません。

ヌレエフのブルーンへの支配欲は原本にはない

第2項では、なぜか新倉真由美は原文から単語を部分的に拾い出してつなぎ合わせ、原文の構成とはまったく関係ない文を創作しました。そのため、原本を読む前の私は「年齢で追いつくなんて不可能に決まっているのに、いくら子どもっぽい大人だとしてもそんなこと願うのか?」とびっくりしたものです。しかし原文を読んだ後でびっくりしたのは、envier(羨む、妬む)が「支配する」と訳されたらしいということ。「自分もエリックのように踊りたいのに」と「エリックを支配したい」、近い感情には見えないのですが。

本当はきつさがうかがえるエリック・ブルーンの人となり

伝記『Nureyev: The Life』(Julie Kavanagh著)はブルーンからヌレエフにあてた書簡を引用するなど、豊富な資料に当たっているらしいので、2人の関係を知るにはこの本が一番いいのかも知れません。しかしなにぶんあの本を読むのは大変だし、どのみちMeyer-Stabley本のほうが出版が前なので、Kavanagh本の内容は反映されていません。だから、もしかして実像とは違うかも知れませんが、私がブルーンについて本で読んだことを少しだけ書いてみます。

  • ヌレエフとフォンテーンの初共演が大フィーバーを引き起こしたのを見て、いたたまれなくなったブルーンが劇場から逃げ出したことは、『ヌレエフ』P.141にもあるとおり。
  • ソニア・アロワによると、1970年代のブルーンは周囲の人にきつい態度だったらしい。(記事「必ずしも人格者でないエリック・ブルーン」)
  • 『Nureyev: His Life』(Diane Solway著)のペーパーバックP.208やKavanagh本ペーパーバックP.242によると、ブルーンは生前に出版された伝記『Erik Bruhn: Danseur Noble』(John Gruen著)のためのインタビューで、ヌレエフを「君は私を殺しにロシアから出てきたんだ」となじり、言い過ぎを悔いたことを回想しているそう。
  • Solway本ペーパーバックP.208より、ヴィオレット・ヴェルディの述懐。ブルーンは酒を飲むと毒舌になるそう。
    when he drank, he became so sarcastic and hurtful.
  • Solway本ペーパーバックP.287より、ピエール・ベルジェの述懐。ヌレエフに厳しいブルーン。
    He would say to Rudolf, 'What you did tonight was disgusting, just look at yourself, look at your legs, how can you do that?' And Rudolf was absolutely like a pupil before his master.

先ほど挙げた2か所を読む限り、新倉真由美は温和なブルーンを自己中心的なヌレエフが翻弄したと思っているふしがあります。そうでも思わない限り、あの作文は説明が付きません。しかし、ヌレエフが悪魔でブルーンが天使と言えるかどうか、私は疑問です。

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2017/8/5
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バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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