伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2013.03.31
ヌレエフの財団とヌレエフの名
2013.03.29
ヌレエフを語るとき野獣を引き合いに出す意味
2013.03.28
デュポンの声明に辛辣さはあるのか
2013.03.26
プティの原文とMeyer-Stableyの引用の違い
2013.03.25
観客が踊りに立ち入らないのは当たり前

ヌレエフの財団とヌレエフの名

『密なる時』P.62-63:
ヌレエフは金銭に執着することもなく、並外れたケチではなかった。むしろ貯金するのを覚えてからは、数々の契約から得られる収入の多くを基金につぎ込むようになった。それは彼に名声をもたらし、芸術の世界のみならず社会的な援助活動を実現させていった。それは美しいバレエを学ぶチャンスのない若きダンサーたちの夢をかなえたのをはじめ、あらゆることを可能にしていった。
プティ原本:
Rudolf n'était pas près de ses sous pour s'asseoir dessus, mais plutôt parce qu'il savait depuis ses premières économies que tous les revenus de ses nombreux contrats seraient versés à la fondation qui portait son nom et mettraient ainsi en mouvement une aide artistique aussi bien que sociale pour permettre aux jeunes danseurs dépourvus d'avoir une chance d'apprendre la belle danse, celle qui permet d'accomplir toutes les autres.
Telperion訳:
ルドルフが金を出し惜しみしたのは、その上に座り込むためではない。それよりむしろ、最初の貯金以来、数多い契約の収入が自分の名を冠した財団にすべて注がれるということ、こうして芸術上ならびに社会的な援助を推進させるということを知っているからだった。この援助により、若くチャンスがないダンサーが美しいダンスを学べるようになり、他のすべてをなしとげられるようになった。

プティが最初に否定したこと

先頭の否定文「ルドルフは上に座るためにけちだったのではない」(Rudolf n'était pas près de ses sous pour s'asseoir dessus)の後の"mais ~"は、「そうではなくて~である」という意味。maisに続くのは原因を示す"parce que ~(節)"(~なので)だから、maisの前で否定しているのは「けちだった」(était près de ses sous)の部分でなく「上に座るため」(pour s'asseoir dessus)の部分だと解釈するほうが、ある理由を否定し、別な理由を唱えるという自然な文になる。それに、ヌレエフが人に金をやるのをひどく嫌がったことは、『ヌレエフ』第11章や『Nureyev: The Life』(Julie Kavanagh著)あたりで書かれている。

"s'asseoir dessus"は文字通りには「上に座る」で、その前で使われているイディオム"être près de ses sous"(ひどく金に細かい、けちだ)の文字通りの意味は「彼の金の近くにいる」。だから私は金の上に座り込むのをイメージした。しかし、"s'asseoir dessus"は「気にしない」というイディオムとしても使われる。これを採用して「(周りの人間を)歯牙にもかけないために」と解釈することもできるかも知れない。

ヌレエフがケチな理由

"parce que"に続く節、つまりヌレエフがけちだった理由とは、"il savait depuis ses premières économies que ~"(彼が最初の貯金以来、~であることを知っていた)。"ses premières économies"(彼の最初の貯金)は前置詞depuisが付くので、述語savaitの目的語、つまりヌレエフが知ることではない。

queの後にある節、つまりヌレエフが知っていることを指す文はとても長い。主語は"tous les revenus de ses nombreux contrats"(数多い契約の収入すべて)。三人称複数名詞なので、その述語は三人称複数の活用形だということを念頭に置くと、主語に続く部分は2つあることが分かる。

  • seraient versés à la fondation qui portait son nom(彼の名を持つ財団に向けられる)
  • mettraient ainsi en mouvement une aide artistique aussi bien que sociale(芸術上ならびに社会的な援助を動かす)

その後、"pour permettre"以降で援助について説明している。その部分の構文解釈には迷いが残っているが、いずれにしても「若いダンサーがバレエを学ぶなどの道を開く」という大意は変わらないと思う。

ヌレエフの名と財団

財団を修飾する"qui portait son nom"を新倉真由美は「彼に名声をもたらし」と訳しているが、「彼に」にあたる言葉は原文にない。それにヌレエフ自身のほうが財団より有名なので、「財団がヌレエフに名声をもたらした」は明らかに事実でない。"portait son nom"(彼の名前を持っていた)は文字通り、財団にヌレエフの名が付いていることを指す。

原文で財団は単数形(la fondation)だが、ヌレエフの名を持ち、ヌレエフの財産を引き継いだ財団は2つある。1つは、1975年にヨーロッパで"Ballet Promotion Foundation"の名で設立され、1994年に今の名に改名した"The Rudolf Nureyev Foundation"。もう1つは、アメリカで1992年に設立された"Rudolf Nureyev Dance Foundation"。

ヌレエフを語るとき野獣を引き合いに出す意味

『密なる時』P.80:
ある日ヌレエフは、野獣のように夕食のキャビアをがつがつと食べ終えると、私に何か書くものが欲しいと言ってきた。彼は私をつなぎ止め、彼がバレエの総指揮をしているオペラ座に話をつけ、すぐにでも具体的な契約を交わそうとしていた。
プティ原本:
Le fauve après un bref dîner au caviar me demanda de quoi écrire, il voulait immédiatement m'attacher par un contrat détaillé qui me lierait à lui, à l'Opéra de Paris dont il tenait les rênes du ballet,
Telperion訳:
野獣はキャビアの夕食を手短にすませた後、書くものを私に要求した。彼に、そして彼がバレエ団を掌握しているパリ・オペラ座に私を結び付ける詳細な契約により、ただちに私をつなぎとめたかったのだ。

野獣という言葉が使われた理由

「野獣」(le fauve)は最初の文の主語で、ヌレエフのこと。Meyer-Stableyは自著で好んでヌレエフをそう呼ぶが、プティが『Temps Liés avec Noureev』でヌレエフをこう呼んだのは、ここだけではないかと思う。しかしその代り、プティはヌレエフを"le monstre"(怪物)とか"le monstre sacré"(聖なる怪物)とかと何度も呼んでいる。"monstre sacré"は仏和辞書に「大スター」という意味で載っており、才能の素晴らしさゆえに迷惑な行動が不問にされる人々を指すのだろう。よく使われる言い回しを取り入れただけとはいえ、ヌレエフを怪物と呼ぶプティが、ヌレエフの一筋縄でいかない性格を念頭に置いて野獣と呼ぶことは不自然ではない。

原文でディナーに触れたのは"après un bref dîner au caviar"(キャビアのある短い食事の後)。食事が短いからといって「がつがつ食べた」とは言い切れない。それに「野獣」は主語に使われているというだけで、食事の描写に特に結び付いているわけではない。この文から「野獣のように夕食を食べた」と導けるなら、同じように「野獣が吠えるような大声で要求した」とも導けるし、「野獣のような貪欲さで私をつなぎとめようとした」もありかも知れない。何が野獣のようなのかを原文から確定するのは無理なのだから、読者に委ねられた想像を訳者の想像で限定するべきではない。

オペラ座の果たす役割

ヌレエフが契約によってプティをつなぎとめようとした先は、前置詞àで述語lierait(つなぎ止める)につながっているlui(彼)と"l'Opéra de Paris(パリ・オペラ座)"の2つ。パリ・オペラ座はプティがつながる先として取り上げられている。実際、1988年12月にプティのマルセイユ・バレエはオペラ座で公演を行っている。オペラ座はヌレエフが話を付ける相手として触れられたのではない。

夕食と契約はいつごろのことか

「ある日」にあたる語句は原文にない。プティとヌレエフは前の段落で和解してすぐに夕食を共にし、契約書作成に至ったように見える。

デュポンの声明に辛辣さはあるのか

以前記事「パリ・オペラ座との関係は監督辞任直後は冷え気味」で、Meyer-Stableyは当時のデュポンに「辛辣さがないわけではない」と書いていることを述べました。それなら、その直後に引用されるデュポンの声明には、その心情がにじみ出ているはずです。なのに訳本ではしごく穏当にヌレエフを立てているのが不自然なので、原文にあたったのですが、私の読解力ではデュポンの意図を解きほぐすことはできませんでした。それでも、構文解析くらいはできるし、訳本と原本の間にはやはり違いが見られるので、原本と訳本の比較だけでも書いておくことにしました。

『ヌレエフ』P.294:
「我々は国際的に認められ厳守されている条件に従い、無条件にスケジュールに従いはしませんが、ヌレエフ氏をいつでも歓迎します。この偉大な芸術家はダンサーの倫理観を啓発しました。それを愚弄するつもりはありません」
Meyer-Stabley原本:
« M. Noureev est le bienvenu, mais à des conditions internationalement reconnues et respectées, non soumises au bon vouloir de son emploi du temps. Ce grand artiste a imposé sur le marché une éthique du danseur, ce n'est pas pour la bafouer. »
Telperion訳:
「ヌレエフ氏を歓迎しますが、国際的に認められ尊重され、氏のスケジュールの熱意には従わない条件のもとでです。この偉大な芸術家は市場にダンサーの倫理を負わせ、それは倫理を愚弄するためではありません」

前半で強調したいのは

最初の文で、まず"M. Noureev est le bienvenu,"(ヌレエフ氏は歓迎される人物です)と言ってから、mais(しかし)の後で条件云々と続けているのは、注意すべきと考えます。以前に記事「ヌレエフが生まれた年のソ連」で、"Certes A, mais B"(なるほどAではあるが、Bである)という譲歩の構文について触れました。certesがなくても、発言者が本当に言いたいのは、「しかし」の前より後にあることが多いというのは、いろいろな文を読んで感じることです。ここでの「歓迎しますが」はヌレエフに注文を付けるのを和らげるための前置きであり、本題は「国際的に認められた条件のもとで」に見えます。「パリ・オペラ座で仕事をするなら、自分のスケジュール優先はやめてもらいます」ということでしょうか。残念ながら、"bon vouloir de son emploi du temps"(彼のスケジュールの熱意)の解釈には困りますが。

後半は直訳だけで手いっぱい

構文解析が最も面倒なのは、最後の文"ce n'est pas pour la bafouer"(これはそれを愚弄するためでない)。文中のla(それ)はbafouer(愚弄する)の目的語であり、女性名詞を指す代名詞。この文の単語のうち、女性名詞はéthique(倫理)だけです。主語である代名詞ce(これ)は、前の文の内容を指すために使われることはしばしばあるので、私はその前の文の内容だと解釈しました。しかし確実ではありません。それにこの文でデュポンが何を言いたいのか、読み取るのは私にはお手上げです。

その前の文"Ce grand artiste a imposé sur le marché une éthique du danseur"(この芸術家はダンサーの倫理を市場に負わせた)で、danseur(ダンサー)は定冠詞が付いた単数形なので、ヌレエフ1人のことです。どうやらヌレエフが自分の倫理を市場に負わせたと言いたいようです。しかし倫理を負わせるというのがどういう意味なのかは分かりません。

プティの原文とMeyer-Stableyの引用の違い

前に記事「性欲を持て余したとは限らない」で、Meyer-Stableyがプティと違う意見を言うためにプティの文を借用することへの疑問について書きました。今回はその続きです。

聴衆が彼に喝采するために来た

Meyer-Stableyはダンサーとして舞台に立つのをやめる直前のヌレエフについて、「観客は自分たちのアイドルに恐らく最後の喝采を浴びせに来た」と書いています。この表現がプティの『Temps Liés avec Noureev』からパクったものだということは、上記の記事で書いたとおり。

プティが元の文で描写しているのは、1983年のヌレエフ。観客がヌレエフに喝采しに来るのは1983年が恐らく最後というのは、手厳しい言い方です。この年の「ノートルダム・ド・パリ」で多くの観客を集めたとはいえ、ヌレエフの出来はプティにとっては不満だらけ。それに1970年代すでに、ヌレエフの公演が名声や人気に見合う質でなくなり始めているとプティは思い、展示されたクジラにたとえています。1983年以降、男性ダンサーとしては高年齢のヌレエフが観客を満足させるのが難しくなっていくことを、執筆時のプティはもう知っているし、1983年当時でも予想できたことでしょう。

Meyer-Stableyは、たとえ晩年だろうと、公演に来る観客たちはヌレエフに熱狂したと書いています。実際にはいつもその通りとは決して言えませんが、熱狂的な観客がまるっきりいないわけでもないでしょうから、その正誤は問いません。しかし、1983年のヌレエフについての文を使って1990~1年のヌレエフが描写されるのは、プティが見たらびっくりするかも知れません。プティは後のヌレエフが観客からブーイングを浴びることもあったと書いているから(『密なる時』P.94)、なおさらです。「プティは1990年のヌレエフについてこう言った」ではないので、プティの迷惑にはならないのかも知れませんが、何もまるで違う文脈の表現を持ってこなくてもよいのに、と思います。

チューリッヒの湖畔についてのヌレエフの談話

「三日月クラシック」のコメントで書いたとおり、Meyer-Stableyはプティがヌレエフから聞いた「ホテルの外でタイプの相手を見つけ、湖畔の茂みで愛し合った」という話を取り上げ、プティが自著に書いたフランス語訳をまるごと引用しています。ところが、引用はそこで終わり、プティが続けて書いた「後でヌレエフが言うような場所を探したけれど、そんな場所はなかった。私は彼の話の信憑性を強く疑った」というくだりはありません。だからMeyer-Stabley本を読むと、ヌレエフが茂みでやったことは確定事項。表現だけをパクった先ほどの例と違い、こちらは「プティがこう証言している」という内容だからたちが悪い。

幸い『ヌレエフ』ではこのくだりがばっさり省略されています。その代わり『密なる時』では、ヌレエフの話が疑わしいという正当な理由がまったく分からないのですが。

観客が踊りに立ち入らないのは当たり前

『ヌレエフ』P.170:
観客は私が行っていることに立ち入れないのです。舞台上では感情を内面化し自分自身に集中しなくてはなりません。
Meyer-Stabley原本:
le public ne pénètre pas dans ce que j'éprouve, qui est intériorisé, ramassé en moi-même.
Telperion訳:
私が感じることは内面化され、私自身の中に凝集され、観客はそこに入ってこないのです。

1978年11月27日のパリ・マッチ誌に載ったヌレエフのインタビューより。この発言を含むインタビューをMeyer-Stableyは"Aveu pathétique de la solitude du génie et de l'égocentrisme de l'artiste"(天才の孤独と芸術家の自己中心主義の悲壮な告白)と呼んでいる。

éprouverは「行う」でなく「感じる」

自分の感情を観客が共有しないのは、確かに孤独を感じても無理のない状況だろう。しかし新倉真由美の訳では「感じること」が「行っていること」になったため、まるでヌレエフが舞台で行う踊りに観客が介入しないのを孤独に思っているように見える。しかし、観客が踊りに立ち入ってきたら、ダンサーにとってはむしろ迷惑だろう。単語ひとつの間違いに過ぎないとはいえ、新倉真由美の文には微妙な違和感がある。

「しなくてはならない」に相当する言葉は原文にない

「私が感じること」(ce que j'éprouve)を修飾する関係節"qui est intériorisé, ramassé en moi-même"の意味は、「内面化され、私自身の中に集まる」。ヌレエフの感情が外から見えなくなるのは、ヌレエフが義務感をもってしているのでなく、自然になるのかも知れない。

2014/2/12
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プロフィール

Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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