伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2012.07.27
亡命は衝動的だと示唆するKGB文書
2012.07.26
ヌレエフが先に言い寄ったという説
2012.07.25
ドーヴェルベルとは振付家ドーベルヴァル
2012.07.25
自由を取り戻すためにヌレエフと別れたと明言するポッツ
2012.07.24
national(国内)とinternational(国際)

亡命は衝動的だと示唆するKGB文書

『ヌレエフ』P.107:
突発的な行動だったのに!ヌレエフは家族を守り、なんの準備も作為もなかったと証明するためKGB文書を承認した。KGBは西側へ移り住むつもりでパリにやってきたに違いないと確信していた。
Meyer-Stabley原本:
Un geste purement improvisé! Pour protéger sa famille et suggérer qu'il n'y a eu aucune préparation ni complicité, Noureev adopte la version du KGB. En fait, celui-ci aura l'intime conviction que le danseur est bel et bien arrivé à Paris avec l'idée de passer à l'Ouest.
Telperion訳:
まったくの突発的な振る舞いだ!家族を守り、何の準備も共謀もなかったことを示すために、ヌレエフはKGBの見解を採用した。実際には、ダンサーはまさしく西側に渡る意思を持ってパリに到着したというのが内密での確信だった。

ヌレエフ亡命に関するKGBの報告書の内容を説明した後に続く部分。

この文脈で「突発的な行動だったのに!」と書くには、「KGB文書はヌレエフの行動が突発的ではないと結論した」という前提が必要。しかし次の理由から、その前提が存在するか疑わしい。

  1. 「亡命は突発的でないという結論の文書なら、ヌレエフが「なんの準備も作為もなかったと証明するために承認」するはずがない。
  2. 「突発的な行動だったのに!」に相当する原文"Un geste purement improvisé !"は文字どおりには「純粋に衝動的に行われた行動!」。この語句そのものに「~だったのに」の意味はない。

最後の文で、ヌレエフの亡命は計画的だったというのが"intime conviction"(内密の確信)だったと述べているが、その文の先頭にある"En fait"は、「(直前に述べた事柄に反して)実は」という意味。つまり、この前に書かれているKGB文書の見解は、内密の確信とは異なり、「ヌレエフは衝動的に亡命した」。これなら、何の準備も共謀もなかったと主張したいヌレエフが受け入れるのに無理がない。実際、KGB文書を読んでみると、「すでに出国の経験がある」「政治的に危険な要素はない」とあり、ヌレエフが亡命を計画していたようには見えなかったと言いたいように見える。

なお、訳本の「KGB文書を承認した」に相当する原文は"adopte la version du KGB"(KGBの見解を採用した)。ヌレエフがKGBの見解を知っているとも思えないので、それを採用するというMeyer-Stableyの表現に私は少し違和感を覚える。しかし、「厳戒機密」(訳本P.106)とあるとおりの部外秘の文書を、読んだはずがないヌレエフが承認するという新倉真由美の表現は、それに輪をかけて不自然だと思う。

更新履歴

2014/2/11
"en fait"には確信を強調する「実際」の意味もあるので、「実は」という意味だけだとした文を削除

ヌレエフが先に言い寄ったという説

『ヌレエフ』P.290:
リンダ・メイバーダックのように彼はヌレエフを巧みに利用したという人もいた。彼の気を引こうと思わせぶりな態度をちらつかせ、そのアプローチが功を奏したというのだ。
Meyer-Stabley原本:
certaines amies de Rudolf, telle Linda Maybarduk, estiment que Greve « utilisa » adroitement Rudolf, suscitant son affection, sa tendresse et lui laissant miroiter qu'un jour il finirait par céder à ses avances.
Telperion訳:
ルドルフの女友達のなかには、リンダ・メイバーダックなど、グレーヴェはルドルフを巧みに「利用」し、愛情と優しさをかき立て、いつの日かついにアプローチに屈するだろうという素振りを彼にちらつかせたと考える者もいる。

ヌレエフがパリ・オペラ座バレエ監督時代末期にいきなりエトワールとして迎えようとしたダンサー、ケネス・グレーヴェとの関係の憶測。

構文の解説

文の前半(私の訳では「愛情と優しさをかき立て」まで)は易しいので、"lui laissant"から文末までの部分に絞って書く。

  1. "faire miroiter ~"(~をエサとしてちらつかせる)というイディオムがあるが、引用文ではfaireの代わりにlaisserが使われている。faireは使役動詞「~させる」であり、laisserはもっと弱い使役動詞「~するにまかせる」なので、"laisser miroiter"は"faire miroiter"よりもっと弱く「ちらつかせる」ことだと見なしてよい。
  2. エサに当たるのはmiroiterに続く部分、"qu'un jour il finirait par céder à ses avances"(いつの日か彼が彼のアプローチに屈すること)。

したがって、"lui laissant"から文末までの意味は、「いつの日か彼が彼のアプローチに屈することをエサとして彼にちらつかせる」となる。

「エサをちらつかせる」を具体的に言い直すと

「いつの日か彼が彼のアプローチに屈する」とはグレーヴェがヌレエフを利用するためのエサという文脈を念頭に置くと、「グレーヴェがヌレエフのアプローチに屈する」と解釈するのが自然。

つまり、ヌレエフがグレーヴェにアタックをかけ、グレーヴェは応じるかもしれないという期待を持たせる態度だった。直前の文「バレエ以外の場面でヌレエフが心酔することはなかったと言われているが」とは異なるが、どちらも推測なので、違いがあっても不都合はない。

新倉真由美の文だと、グレーヴェのほうからヌレエフにアタックしたように見える。アプローチがグレーヴェのものになっているのはその一例。

ドーヴェルベルとは振付家ドーベルヴァル

『ヌレエフ』P.266:
また“愛の魔術師アルルカン”や“ドーヴェルベル(原文ママ)のダンソマニー”などすっかり忘れ去られたフランスの遺産を掘り起こした。
Meyer-Stabley原本:
Il exhume aussi un patrimoine français des XVIIIe et XIXe siècles totalement oublié, avec Arlequin magicien par amour et la Dansomanie de Dauberval,
Telperion訳:
ドーベルヴァルの「愛の魔術師アルルカン」と「ダンス狂」で、すっかり忘れられた18世紀と19世紀のフランスの遺産を発掘した。

ヌレエフがパリ・オペラ座バレエの監督時代に上演した多数の作品の一部。

作品名はイタリック文字の部分だけなので、普通の字体の"de Dauberval"(ドーベルヴァルの)は作品名の一部ではない。振付家を指すと受け取るのが自然。実際、少し調べればドーベルヴァルという振付家が実在するのは分かるはず。ジャン・ドーベルヴァル(1742-1806)は「ラ・フィユ・マル・ガルデ」の作者として知られる。

Meyer-Stableyのミス - ドーベルヴァルは無関係

  • La Dansomanieの原振付はPierre Gardel。訳本巻末の「ヌレエフが招聘した振付家」リストはもともとルドルフ・ヌレエフ財団サイトのリストに基づくらしいが、そこでは振付Ivo Cremer(原文ママ)、原振付Gardell(原文ママ)となっている。
  • Arlequin, magicien par amourは単にIvo Cramér振付とされていることが多い。ヌレエフ財団サイトのページでは"Based on 18th, Century material"(18世紀の題材に基づく)とある。原振付がドーベルヴァルの可能性がゼロではないが、疑わしい。

なお、ヌレエフが招いた振付家リストの原本版では、2作品ともIvo Cramér振付とされている。

更新履歴

2012/7/26
「Meyer-Stableyのミス」を追記
2014/1/25
箇条書き導入を中心に書き換え
2017/8/3
ヌレエフ財団サイトのリンクを更新

自由を取り戻すためにヌレエフと別れたと明言するポッツ

『ヌレエフ』P.184:
「そして別れました」ポッツは本当の理由には触れずに語った。「僕は自分の自由を取り戻したかったのです。
Meyer-Stabley原本:
« Puis, nous avons rompu, raconte Potts. Sans vraiment de raison valable. Je voulais reprendre ma liberté.
Telperion訳:
「そして別れました」とポッツは語る。「それほどもっともな理由ではありません。自由を取り戻したかったのです。

ヌレエフとの関係を回顧するウォレス・ポッツ(訳本ではウォレスでなく愛称ウォールで統一。原本では1度だけWallace Pottsと呼んでいる)。

談話の内容と談話主の説明の区別

二重山括弧«と»で囲んだ人物の発言の中に、「誰それは語った」という説明を倒置文にして含めるのは、原本のいたるところに見られる。恐らくフランス語では普通の用法なのだろう。引用した部分にこのルールを当てはめると、次のことが分かる。

  1. 括弧に囲まれた中にある"raconte Potts."(ポッツは語る)は倒置文。これが談話主についての説明文。
  2. その直後の"Sans vraiment de raison valable."は、直前の説明文とピリオドで区切られているので、説明文の一部でなく別の文。つまりこれはポッツの発言。

「本当の理由」と「本当にもっともな理由」の違い

"Sans vraiment de raison valable."では、"raison valable"(納得できる理由)をvraiment(本当に)が修飾し、sans(~のない)が否定している。deが「~から」という前置詞なのか、それとも冠詞なのかは判断しきれなかったが、どちらにしても「本当にもっともな理由はない」という大意は変わらないだろう。

不自然になった新倉真由美の文

新倉真由美は「本当に最もな理由ではありません」をポッツの言葉でなく、ポッツの描写として扱った。そして「~のない(sans)」「理由(raison)」「本当に(vraiment)」から、「本当の理由には触れず」という言葉を組み立てたらしい。

しかし、Meyer-Stableyがポッツの言ったことを本当ではないと断定し、それでいて自分が思うところの本当の理由をまったく書かないのは、伝記作者として不自然。それよりは、ポッツが「自由を取り戻したい」という理由を「大した理由ではないのです」と控えめに語ったと見るほうが理にかなう。

national(国内)とinternational(国際)

『ヌレエフ』P.56:
ルドルフがワガノワ国際コンクールに代表として選出されたのは驚きに値しない。それはモスクワで開催され、ソヴィエト連邦中のあらゆるバレエ学校の生徒が参加しており、
Meyer-Stabley原本:
il n'est pas étonnant que Rudolf soit choisi pour représenter la Vaganova au concours national qui réunit à Moscou toutes les écoles de ballet d'Union soviétique.
Telperion訳:
ソ連の全バレエ学校がモスクワに集結する全国コンクールで、ルドルフがワガノワ代表に選ばれたのは驚くことではない。
『ヌレエフ』P.317:
モスクワ国際コンクール入賞
Meyer-Stabley原本:
remporte le concours national de Moscou.
Telperion訳:
モスクワの全国コンクールで勝利する

ヌレエフがワガノワ・アカデミーの生徒時代に出場したコンクールについて。

nationalは「国内の」「全国の」。実際、外国の学校が参加しているという記述はない。国際コンクールの代表というと、ソ連の代表のように聞こえるが、実際は母校ワガノワを代表している(représenter la Vaganova)。

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Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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