伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2013.03.07
棺を運んだ6人を愛したのは
2013.02.27
キーロフで最初に踊った「白鳥の湖」はパ・ド・トロワ
2013.02.12
エレーヌ邸はレストラン
2013.02.01
ゴーリンスキー逝去はヌレエフより前
2013.01.31
発言者はルディエールでなくヌレエフ

棺を運んだ6人を愛したのは

『ヌレエフ』P.308:
恐らくオペラ座で最も愛されたダンサーたち六名。
Meyer-Stabley原本:
Sans doute les six danseurs qu'il aimait le plus à l'Opéra.
Telperion訳:
恐らく彼がオペラ座で最も好いていた男性ダンサー6人。

前置き

訳本でのこの部分の不明瞭さについて、以前メールで問い合わせをいただきました。絶対に誤解すると言い切れない個所も取り上げようと私が決めたのは、そのメールに後押しされたことが大きいです。ありがとうございました。遅くなりましたが、この部分について記事を公開することにします。

本題

ヌレエフの葬儀で棺を運んだ6人の男性ダンサーについて。新倉真由美の「オペラ座で最も愛された」を読むと、「オペラ座の観客に最も人気があった」という意味だと思いたくなる。しかし原文を読むと、aimait(好きだった)の主語はil(彼)。

不特定の一般人を指すフランス語の代名詞として最も一般的なのはon。場合によっては代名詞nous(私たち)やvous(君たち、あなたたち)やils(彼ら)も使われる。しかしilにもそういう用途があるという記述を私は見つけていない。『プログレッシブ仏和辞典第2版』では、ilsと違ってilは不特定の人を指さないという位置づけ。私の乏しいフランス語読解の経験でも、ilが不特定の人を指す使われ方を見たことはない。「ilは不特定の一般人を指す」という仮説には無理があると言わざるを得ない。

したがって、「彼」とは特定の一人の男性を指す。この場合は明らかにヌレエフ。新倉真由美の文でも「ヌレエフに愛された」と解釈するのが絶対不可能とまでは言わないが、何の迷いもなくそう解釈することはできないと思う。

6人のダンサーとヌレエフのかかわり

この6人はそれぞれがヌレエフに評価されており、Meyer-Stableyが「ヌレエフが愛した」と呼ぶ理由がある。もっとも、動詞aimerは軽い好意も指すらしいので、「愛した」は大げさな訳語かも知れない。

シャルル・ジュド
1974年の「ヌレエフと仲間たち」(またはその前身)の出演者としてヌレエフに選ばれた。ヌレエフ版の1983年「ライモンダ」、1984年「白鳥の湖」、1986年「シンデレラ」を初演。個人的に心を動かされるエピソードは、ヌレエフが「ラ・バヤデール」全幕初演後に病を押してサン・バルテルミーに行ったとき、ソロル役を投げうって同行したということ(Diane Solway著『Nureyev: His Life』、Julie Kavanagh著『Nureyev: The Life』より)。
マニュエル・ルグリ
ヌレエフがどうにかして出演させた1983年のヌレエフ版「ライモンダ」初演で注目を浴びたこと、パリ・オペラ座バレエの威信をかけた1986年のニューヨーク・ツアーで短縮版「ライモンダ」の主役として急きょ登板し、その舞台でエトワールに任命されたことは、『パリ・オペラ座のマニュエル・ルグリ』(ダンスマガジン編、新書館)に詳しい。典型的なヌレエフ世代。
ジャン・ギゼリ
1974年の「ヌレエフと仲間たち」(またはその前身)の出演者としてヌレエフに選ばれた(Julie Kavanagh著『Nureyev: The Life』より)。1978年にヌレエフ振付「マンフレッド」の初演で、負傷したヌレエフに代わって主演。1983年にヌレエフ版「ライモンダ」のアブデラムを初演。ヌレエフとの共演が多いのは、ルドルフ・ヌレエフ財団サイトでヌレエフの演じた作品の列挙を見渡すだけでも分かる。
カデル・ベラルビ
1989年の「眠れる森の美女」で、ヌレエフが監督を辞任した後の監督代行パトリス・バールとエフゲニー・ポリアコフによってエトワールに任命される(「三日月クラシック」より)。実際、ヌレエフ辞任の翌月に「眠れる森の美女」の公演がある。バールとポリアコフはヌレエフ監督時代のメートル・バレエであり、任命にはヌレエフの意図が働いたと思われる。
ウィルフリード・ロモリ
1984年「白鳥の湖」初演にスペインの踊りで出演、1992年の「ラ・バヤデール」初演にブロンズ・アイドル役で出演、ヌレエフが配役を決めたという1995年収録「ロミオとジュリエット」にベンヴォーリオ役で出演。
フランシス・マロヴィク
上に書いた「ラ・バヤデール」初演に大僧正役で出演、1988年収録「シンデレラ」に監督役で出演。

更新履歴

2014/9/17
文法説明を詳しく書き直す

キーロフで最初に踊った「白鳥の湖」はパ・ド・トロワ

『ヌレエフ』P.64:
一九五八年九月二五日、ルドルフ・ヌレエフはキーロフ劇場でニーナ・ヤスロレボヴァ(原文ママ)、ガリーナ・イワノワと“白鳥の湖”を踊ってデビューした。
Meyer-Stabley原本:
Le 25 septembre 1958, Rudolf Noureev fait ses débuts au Kirov en dansant le pas de trois du Lac des cygnes avec Nina Yastrebova et Galina Ivanova.
Telperion訳:
1958年9月25日、ルドルフ・ヌレエフはキーロフでデビューし、ニーナ・ヤストレボワ、ガリーナ・イワノワと「白鳥の湖」のパ・ド・トロワを踊った。

この後、「しかし本当に脚光を浴びたのはナタリア・ドゥジンスカヤと『ローレンシア』を踊った時だった」という意味の文が続く。脚光を浴びたのが「白鳥の湖」のときでなかったのは、「白鳥の湖」では主役でなかったから。しかし訳本では"le pas de trois du"が訳されていないので、「白鳥の湖」でも主役だったが、出来がいまいちだったとも受け取れる。共演した女性ダンサーが2人なので、踊ったのがパ・ド・トロワだと推察できないわけではない。しかしパ・ド・ドゥーの相手が不測の事態で交代したという想像もできる。やはり「パ・ド・トロワ」とはっきり書いたほうが分かりやすい。

なお、ルドルフ・ヌレエフ財団サイトでは、このパ・ド・トロワはヌレエフが正規のキーロフ団員になる前のこととして扱われている。財団の見解では、ヌレエフが正規のソリストとしてデビューしたのはドゥジンスカヤとの「ローレンシア」。

エレーヌ邸はレストラン

『ヌレエフ』P.206:
ニューヨークのエレーヌ邸
Meyer-Stabley原本:
Elaine's à New York
Telperion訳:
ニューヨークのエレインズ

ヌレエフがアーノルド・シュワルツェネッガー(訳本での表記は「アーノルド・シュワルツネッガー」)と会食した場所。Elaine'sはかつてセレブが集ったレストランで、英語wikipediaに項ができたり、閉店がNew York Times紙の地域面記事になったりするほど有名だった。

店名の由来はオーナー、エレイン・カウフマン(Elaine Kaufman)の名なので、アメリカの店をフランス語発音で呼ぶべき理由がないのを別にすると、「エレーヌ邸」と呼ぶのはそれほどおかしくはない。でも「エレーヌ邸」ではこの場所がレストランだという肝心なことが分かりにくく、何の注釈も付けないなら「エレインズ」のほうが店名らしく見える。実際に日本では「エレインズ」という表記が一般的らしいので、それを採用した方が分かりやすいかと思う。

ゴーリンスキー逝去はヌレエフより前

『ヌレエフ』P.191:
一九六二年、ヌレエフは有名なサンドル・ゴリンスキーというエージェンシーに入り、最期までスケジュールの管理を任せた。
Meyer-Stabley原本:
En 1962, Noureev entre dans la célèbre agence de Sandor Gorlinsky, qui gérera de main de maître sa carrière jusqu'à sa mort en 1990,
Telperion訳:
1962年、ヌレエフはサンドル・ゴーリンスキーの名高い代理店に入り、ゴーリンスキーは1990年に死去するまで、名人の腕をふるって彼のキャリアを管理する。

1990年の"sa mort"(彼の死)とはヌレエフとゴーリンスキーのどちらなのか、文法的には区別できないと思う。しかも直前の"sa carrière"(彼のキャリア)は文脈的にヌレエフのキャリアを指すので、なおさら惑わされる。しかしこの『Noureev』で、ヌレエフの逝去は1993年だと明記されているので、1990年の逝去はゴーリンスキーの方だと分かる。

訳本ではなぜか「1990年の」が省略されたため、「最期まで」がどちらのことか分からない。文の主語が一貫してヌレエフである分、むしろヌレエフの最期だと思われる可能性のほうが高いかも知れない。

『Noureev』だけを読む分には、どちらの逝去が先なのか分からなくても、読んでいてすっきりしないだけですむ(あまり望ましくないが)。しかし、ゴーリンスキーが先に世を去ると新倉真由美が『Noureev』で把握していれば、プティの『Temps Liés avec Noureev』を翻訳する時に"la disparition de Gorlinsky"(ゴーリンスキーの逝去)を「ゴーリンスキーから亡命」と訳さずにすんだかも知れない。

発言者はルディエールでなくヌレエフ

『ヌレエフ』P.268-269:
常に完璧を目指すプロのダンサーたちは彼の威厳に圧倒され、専制的な権力を持つ巨人に魅せられ憧憬の思いを育んでいった。実際彼の信念には反論できなかった。
「ダンサーたちは自分自身から抜け出して、比類ないほど極端に突き進んでいくしかないのです」
モニク・ルディエールは言った。
「彼は人格というよりむしろ才能によって突き動かされていました。
Meyer-Stabley原本:
Son autorité, dès lors qu'elle s'abat sur des professionnels toujours en quête de perfection, se nourrit de leur fascination pour ce géant tyrannique et entier, mais dont le credo est irréfutable : « Les danseurs ne peuvent progresser qu'en sortant d'eux-mêmes, dans la démesure, dans l'exceptionnel ; c'est difficile dans un monde banalisé », confie-t-il. Pour la danseuse Monique Loudières, « il est plus motivé par le talent que par la personnne,
Telperion訳:
彼の権威は常に完璧を探し求めるプロたちに襲いかかるので、専制的で頑固ではあるが、反論の余地がない信条を持つこの巨人に、プロたちは魅了されるようになった。「ダンサーたちが進歩するには、自分自身から抜け出し、過剰さに、例外的なものに向かうしかありません。これは大衆化された世界では難しいことです」と彼は打ち明ける。ダンサー、モニク・ルディエールにとっては、「彼のやる気を起こすのは人柄より才能です。

パリ・オペラ座バレエの監督だったヌレエフとダンサーたちの関係。

最初の発言がヌレエフのものと分かりにくい

引用がやや長めなのは、「ダンサーたちが自分自身から抜け出して」云々という発言の前後の文脈を見せるため。この発言がヌレエフの信念なのか、それともルディエールの発言なのか、私には新倉本を読んでもはっきりしなかった。「『~』と誰それが言った。『~』」のように、会話の中に「誰それが言った」という説明文を挟み込むことは、フランス語でも英語でも、従ってその日本語訳でも多い。だから上記の発言もルディエールが言ったことに含まれる可能性は、新倉本からは否定できない。

原文では「自分自身から抜け出して」云々の後にconfie-t-il(彼は打ち明ける)と書いてあるので、ヌレエフの発言だとはっきり分かる。

原本では短所扱いの「専制的な権力を持つ」

ここで取り上げることは、「分かりにくい訳」でなく「間違った訳」と言ってさしつかえない。でも単独の記事にするには小さなことなので、ここで併記する。

「この巨人」(ce géant)を修飾する「専制的で頑固一徹な」(tyrannique et entier)と「反論の余地がない信条を持つ」(dont le credo est irréfutable)の間には「しかし」(mais)がある。このことから、Meyer-Stableyは2つの形容に逆の意味を持たせていることが分かる。「専制的で頑固一徹」はヌレエフが反発される要素、「反論できない信条を持つ」はヌレエフが心服される要素を指すのだろう。

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プロフィール

Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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