伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2014.10.16
プティと和解するためヌレエフは自尊心を抑えた
2014.07.22
自分から和解を持ちかけようとはしなかったプティ
2014.04.14
ジジが話しかけた相手はプティ
2014.03.05
ニューヨークで初めての公演
2014.02.21
他の誰よりも前に耐えたプティ

プティと和解するためヌレエフは自尊心を抑えた

『密なる時』P.79-80:
電話の切り際に私は「私は君が好きだ、わかっていると思うけれど」と言った。多分彼は自尊心を保とうとしたのだろう。とまどいながらくぐもった声で答えた。「僕もあなたを愛している」
プティ原本:
J'ai raccroché en lui déclarant « je t'aime bien tu sais » et lui de répondre avec une voix pâle et hésitante, car il lui fallait mettre un mouchoir sur son amour-propre, « I love you too ».
Telperion訳:
私は電話を切り、そのときはっきりと言った。「好きだよ、知ってるだろう」。そして彼は答え、その声は力がなく、ためらいがちだった。自分のプライドにハンカチをかける必要があったからだ。「私も好きだ」

1983年の「ノートルダム・ド・パリ」ニューヨーク公演がきっかけで数年間絶交していたプティに、ヌレエフが訪問を告げる電話をかけた。その切り際の会話。

ハンカチをかけるのは保つのではなく隠すためでは?

上では文脈紹介のために1つの文をすべて引用したが、私が取り上げたいのは、ヌレエフが弱い声で答えた理由としてプティが書いたこと。

プティ原本:
car il lui fallait mettre un mouchoir sur son amour-propre,
直訳:
なぜなら彼は彼の自尊心の上にハンカチを置く必要があったからだ。
新倉訳:
多分彼は自尊心を保とうとしたのだろう。

「~の上にハンカチを置く」(mettre un mouchoir sur ~)とはどういう意味か。プログレッシブ仏和辞典第2版やラルース仏語辞典を探しても、そういうイディオムは見かけなかった。新倉真由美が出した答えは「自尊心を保つ」。しかし私は次の理由で、この解釈が妥当だと思えない。

直訳から離れ過ぎ
ハンカチをかぶせたくらいで物を守れはしないだろう。だから「保つ」を「上にハンカチをかける」に言い換えるのは理にかなうように思えない。すでに定着している慣用句なら、奇妙な表現でも受け入れるしかない。しかしこの場合は、新たな慣用句を考案するようなもの。文字通りの表現を尊重しないと、やりたい放題になりそうで危険。
ヌレエフの言動との整合性がない
和解を拒絶し続けてきた相手に自ら電話をかけ、相手の「好きだよ」に「私もだ」と返す。果たして自尊心を保ちながらできる行為だろうか。「そこまで言うなら過去のことは水に流してもいい」くらいの返答のほうが、自尊心は満たされるだろう。

私の考えでは、「自尊心の上にハンカチを置く」とは、「自尊心を見ないようにする、隠す」の言い換え。「ここまで頭を下げて悔しくないのか」という自尊心の声を黙らせる必要があったから、声から力が失われたのだろう。

原著者の表現を変えるときは慎重に

「自尊心にハンカチをかける」が「自尊心をわきに押しやる」だという私の解釈は、文脈と直訳から独自に編み出したものなので、絶対に正しいとは言い切れない。その場合、私は下手に言い換えて元の意味が失われる危険を冒すよりは、原著者の言い方をそのまま使うことにしている。

解釈に迷う表現に出会ったとき、新倉真由美はその表現をそのまま使うより、自分の解釈に言い換え、読者にその解釈だけを信じさせる傾向がある。しかし私は、新倉真由美の不確かな言い換えより、たとえ分かりにくくても原著者の表現を読みたい。

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2016/12/9
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自分から和解を持ちかけようとはしなかったプティ

『密なる時』P.79:
本当のことを言えば、私は和解を願い、怪人ヌレエフが同意の兆候を見せてくれることだけを待っていたのだった。
プティ原本:
En réalité je n'attendais qu'un signe du monstre pour la réconciliation que j'espérais.
Telperion訳:
実際には私は、期待していた和解の合図を怪物が見せることだけを待っていた。

1983年の「ノートルダム・ド・パリ」ニューヨーク公演がもとで約5年ヌレエフと絶交したプティ。プティは共通の知人が仲直りのために2人を会わせようとする試みをすべて拒絶したことを書いた直後の文。

プティが求めたのはヌレエフからの働きかけ

プティが待ったのは、和解のための怪物(ヌレエフ)の合図(un signe du monstre pour la réconciliation)。プティは確かに和解を望んだが、そのための合図をするのはヌレエフであるべきだと思っていた。

しかし新倉真由美は、ヌレエフが合図する目的を「同意」だとした。このため、まずプティがヌレエフに和解の願いを伝え、ヌレエフの同意を待つという構図になった。

プティはヌレエフからの申し出を勝ち取った

プティは序文で、2人が衝突してほとぼりが冷めた後、「それぞれが相手の歩み寄りを待っていた」と書いている。つまり、仲直りしたくても、相手が和解を望んだから承知したという体裁を取りたい。だから「ノートルダム・ド・パリ」事件の後、プティは共通の知人による和解のセッティングを拒否した。結局和解が成立するのは、ヌレエフ自らがプティに電話をかけたとき。「それぞれが相手の歩み寄りを待った」と書いたプティだが、この件ではプティはヌレエフの歩み寄りを待ち続け、ついに勝ち取った。

新倉真由美が持ち込んだ「同意」という一言のせいで、「仲直りしたければ向こうから申し出るべき」というプティの自尊心は消えた。しかも単なる「見せるのを待つ」でなく「見せてくれるのを待つ」。新倉真由美は「~してくれる」という言い方を非常に好むが、自分からは和解に向けて動かなかったプティを描写するには、あまりにも低姿勢な表現。

『密なる時』のプティがヌレエフに低姿勢な例

新倉真由美が『密なる時』で描くプティが、原本に比べてヌレエフに腰が低いと私が思うのは、ここだけではない。

プティは振付家としてヌレエフを従わせるつもり
ヌレエフに対する指示の出し方が「~できるだろうか」
ヌレエフの毒舌にプティが動揺したとは限らない
ヌレエフの毒舌に動揺したと書かれたのがプティだけ
和解後のプティとヌレエフ
「彼は喧嘩をためらった」が「我々は喧嘩をためらった」に

この記事もそうだが、いずれもデリケートな違い。『密なる時』だけを読むなら、これらを一度に読んでも、訳者の偏見を疑わずに「原本とちょっと印象が違う」くらいで済んだと思う。しかし私は新倉真由美の次作『ヌレエフ』を読んだ。あの本で新倉真由美がヌレエフの傍若無人さを散々誇張する兆しは、『密なる時』ですでに生まれているような気がしてならない。

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2016/12/9
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ジジが話しかけた相手はプティ

『密なる時』P.21:
やがて妻が現れ、「私が全部アレンジします」と代わりに言ってくれ、それを聞いて私は眠りについた。
プティ原本:
Ma femme est arrivée et a pris le relais, « j'arrange tout » me dit-elle, et je me suis endormi.
Telperion訳:
妻が来て交代し、私に「みんな手配するから」と言い、私は眠りに落ちた。

フォンテーンがプティに新作を依頼し、まだ病床にいるプティが即答できなかったときのこと。

妻ジジ・ジャンメールの言葉« j'arrange tout »の後にある"me dit-elle"は、"elle me dit"(彼女は私に言った)の倒置文。つまりこの言葉はジジがプティに向かって言ったもの。プティは衰弱しているとはいえ意識があり、自分でフォンテーンと話していた。ジジが代理となる前にプティに一言断るのは自然だと思う。

新倉真由美の「代わりに言ってくれ」では、ジジがプティの代わりにフォンテーンに向かって言ったとしか読めない。

ニューヨークで初めての公演

『密なる時』P.19:
マーゴ・フォンテーンとルドルフ・ヌレエフのカップルが、ブロードウェイの古いメトロポリタン劇場で『ジゼル』を初演した時のことは今も忘れがたい (注3)。
プティ原本:
le couple Fonteyn-Noureev dansant Gisèle pour la première fois sur la scène du vieux Metropolitan de Broadway est inoubliable.
Telperion訳:
ブロードウェイの古いメトロポリタンの舞台で初めてジゼルを踊るフォンテーンとヌレエフのカップルは忘れられない。

初演とは作品の初上演を指す

「初演」を国語辞書を引くと、こうある。

デジタル大辞泉
初めて上演・演奏すること。「この戯曲は一九四九年に―された」「本邦―」
新明解国語辞典第5版
最初の演奏(上演)。「本邦―」

また、googleで見つかる「初演」の用例で多いのは以下のとおり。

  • 世界で初めて上演された(一番よく見る意味)
  • ある場所で初めて上演された
  • あるバレエ団で初めて上演された(バレエ演目の場合)

しかし「あるダンサーが初めてそれを演じた」という意味で使われているのは見かけない。

つまり、「初演」という概念の主役は作品。「他のバレエ団ですでに演じられた作品をあるバレエ団で初めて演じる」を「何とかバレエ団初演」と呼ぶのは、上演場所が広がるという意味で作品上演の歴史にとって重要になりえるからだろう。しかし、「すでに演じられた作品をあるダンサーが初めて演じた」の場合、そのことはダンサーにとっては重要でも、作品自体の歴史に影響するのはまれ。だから初演とは呼ばないのだと思う。

日本語の「初演する」に当たるフランス語はcréer。ラルース仏語辞典にはこうある。

  • Être le premier à interpréter une chanson, un rôle, etc.
    歌や役などを演じる最初の人間になる
  • Faire représenter un spectacle pour la première fois.
    公演を初めて上演させる

用例まで見ないと分かりにくいかもしれないが、ここでも「初めて」なのは演者でなく作品。

件の「ジゼル」公演を初演と呼ぶのは不適切

では、プティが書いたフォンテーンとヌレエフの「ジゼル」はどうか。

  • フォンテーンとヌレエフがアメリカで共演したのはこれが初めて
  • 「ジゼル」は超メジャー作品なのだから、世界初演もメトロポリタン劇場初演もはるか昔

「初めての公演」の主役はフォンテーンとヌレエフであり、「ジゼル」ではない。作品を主体とする「初演する」という言葉を使うべきシチュエーションではないので、プティはcréant(初演する)でなく、"dansant pour la première fois"(初めて踊る)という言葉を使っている。2人が「ジゼル」を初めて演じたのはロンドンだが、プティの記述は「メトロポリタンで初めて『ジゼル』を踊る」ということで、何の問題もない。

妥当なプティの文を間違い扱いしているような訳注

新倉真由美がここで「初演した」という言葉を使ったのは不適切だと思う。でもそれだけなら、「言葉が変だな」とは思っても、記事にまではしなかったかも知れない。私が見過ごせなかったのは、この部分に新倉真由美が付けた注の存在。

注3 『ジゼル』 ヌレエフとフォンテーンによる『ジゼル』の初共演は、1962年2月21日、ロンドンのコヴェントガーデンで行われた。

何だか私には、「フォンテーンとヌレエフが『ジゼル』を初演したのは、本当はニューヨークでなくロンドンである」と言いたげに見える。プティの文では「初めて」が「メトロポリタンで初めて踊る」を修飾していると私は解釈しているが、新倉真由美は「初めて踊る」だけを修飾していると思ったのではないだろうか。

『ヌレエフ』で新倉真由美が「間違った原文を修正したつもりなのだろう」と思わせる誤訳を繰り返していることは、誤訳を守るために原文を書き換えた疑惑で書いた。ここを読んでいると、その最初の兆しが現れているように思えて仕方がない。わざわざプティが間違ったように解釈するのか、自分は「初演」の使い方がおかしいくせに、という多少の反発を感じる。

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2015/3/16
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他の誰よりも前に耐えたプティ

『密なる時』P.76-77:
当初私はなんとか彼の急変ぶりに耐えようと試みたが、彼との殴り合いを回避するにはこれ以外の解決策が見つからなかった。もし喧嘩になったら、この愛してやまない怪物と私は転げ回って殴り合ったかもしれない。
プティ原本:
J'étais le premier à supporter cette crise, mais n'avais pas d'autre solution pour éviter le pugilat dans lequel le monstre aurait tant aimé se rouler avec moi.
Telperion訳:
私はこの危機に誰よりも真っ先に耐えたが、殴り合いを回避するには、他に解決法はなかった。もし殴り合いになれば、あの怪物は私と共に転げ回るのを大変気に入ったろうが。

「ノートルダム・ド・パリ」ニューヨーク公演の打ち上げパーティーでヌレエフに悪罵を浴びせられた翌日、絶交に踏み切ったプティ。

ヌレエフへの愛情は話題になっていない

文の最後の"le monstre aurait tant aimé se rouler avec moi"は、プティが回避した"le pugilat"(殴り合い)を修飾する関係節から関係詞"dans lequel"を除いた文。この殴り合いが実現したら行われたろうことを述べている。これを訳すと、「怪物は私と共に転げ回るのを大変好んだであろう」となる。

構文解析

  • 主語は"le monstre"(怪物)
  • 述語は"aurait aimé"(好んだであろう)
  • 目的語は"se rouler avec moi"(私とともに転げ回る)

新倉真由美は恐らくこう解釈している。

  • 主語は"le monstre tant aimé"(大変愛される怪物)
  • 述語は"aurait se rouler"(転げ回ったであろう)

それが正しくない理由は次のとおり。

  • aiméはauraitより遠くにある"le monstre"にはつながらない
  • auraitはaiméより遠くにある"se rouler"にはつながらない
  • auraitと動詞の原形"se rouler"が合わさってひとつの述語になることはありえない

「最初にする人」と「最初にすること」の違い

最初の原文"J'étais le premier à supporter cette crise"の直訳は、「私はこの危機に耐える最初の人間だった」。"le premier à ~(動詞の不定詞)"は「~する最初の人/もの」だが、主語は私(J')なのだから、premierは「最初のもの」でなく「最初の人」。

「~する最初の人/もの」という言い回しを消さずに、対応する新倉真由美の訳「当初私はなんとか彼の急変ぶりに耐えようと試みた」を書き直すと、「私がした最初のことは、なんとか彼の急変ぶりに耐えようと試みることだった」といった形になる。つまり、最初なのはプティの耐えるという行動。

まとめるとこうなる。

プティの文
  • 最初なのはプティ自身
  • 比べる対象は他の人びと
新倉真由美の文
  • 最初なのはプティの耐えるという行動
  • 比べる対象はプティのしうる他の行動

プティの言葉がどういう意味なのか、私の推測は2つある。

  1. 「この危機」とは打ち上げパーティーの事件だけでなく、稽古中から積み重なってきたプティとヌレエフの不仲全体を指している。「私は誰よりも前から耐えてきた」と言うことで、堪忍袋の緒が切れるのが必然だったと訴えている。
  2. 「私はこの危機に最初に耐える」とは、普段のプティに関する一般論。「私はダンサーからの罵倒ごとき、他の誰よりも難なく受け流すことができる」と言うことで、それをこの時できなかったプティがどれだけ精神的に痛手を受けていたかをほのめかしている。

2番目の推測の場合だと「この危機」より「このような危機」と言いそうなので、私は1番目の推測に傾いている。でも私の語学力では、2番目の推測がありえないとは言い切れない。

1番目の推測どおりの場合、プティの「他の誰よりも前から」も、新倉真由美の「他の何よりも前に」も、「早くから」という意味では似たようなものかも知れない。それでも私は「他の誰よりも前から」という表現を尊重したい。プティが自分と比べている相手の中には、間違いなくヌレエフも含まれているはずだから。

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プロフィール

Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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