伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2013.05.07
ダンサーとしての成功から監督としての成功へ
2013.04.26
内部糾弾者に対する原著者の視線は冷たい
2013.04.25
自重を強いられたヌレエフ
2013.03.16
ヌレエフが受けた被害がルグリ任命とは限らない
2013.02.07
監督という肩書は変わらない

ダンサーとしての成功から監督としての成功へ

『ヌレエフ』P.265:
ヌレエフに一体何があったのだろう? 予想を上回る成功が、彼の別の一面を引き出したのかもしれない。芸術監督としての仕事は熱狂的に評価されパリ・オペラ座バレエ団は魔法のような大勝利を収めた。
Meyer-Stabley原本:
Alors, qu'est-il arrivé à Noureev ? Que s'est-il passé ? Un succès supplémentaire, oui, mais d'une nature différente: la reconnaissance enthousiaste de son travail de directeur, le triomphe magistral du Ballet de l'Opéra de Paris.
Telperion訳:
ならばヌレエフに何が起こったのか? 何があったのか? そう、さらなる成功ではあるが、異なる性質のものだ。監督の仕事が熱狂的に認められ、パリ・オペラ座バレエが見事に勝利を収めたのだ。

1986年にアメリカ・ツアーと新作振付「シンデレラ」が成功し、ヌレエフがもめ事を起こさなくなったと書かれた後。

2つの異なる疑問

原文の最初に2つの疑問文が続けて書いてある。どちらの文でも、文中のilは「彼」という代名詞ではなく、非人称構文の仮主語。仏和辞書でarriverと"se passer"を引くと、これらの動詞が仮主語をとりうることが書いてある。

1. qu'est-il arrivé à Noureev ? (ヌレエフに何が起こったのか?)
"à Noureev"(ヌレエフに)とあるので、ヌレエフ一人に関する疑問。
2. Que s'est-il passé ? (何が起こったのか)
この疑問文にはヌレエフを指す語句はない。もっと一般的な疑問文。

Meyer-Stableyが答えるのは起こった出来事一般

続く答えは、"Un succès supplémentaire, oui, mais d'une nature différente:"(追加の成功、そう、しかし異なる性質の)。末尾にコロンがあるので、「異なる性質の追加の成功」なるものがコロンの後で具体的に説明されることが分かる。その説明とは、ヌレエフの認められた監督業とパリ・オペラ座バレエの大勝利で、ヌレエフ一人に関することではない。ヌレエフ一人に関する第1の疑問文への答えというよりは、もっと一般的な第2の疑問文への答えだと思われる。

なぜ「異なる性質の成功」なのか。ヌレエフはダンサーとして数々の勝利を収めてきたが、監督として勝利したのはこれが初めてだったからだろう。

あくまで性格の変化の答えを求める新倉真由美

新倉真由美は、Meyer-Stableyが出した疑問が、「ヌレエフの性格に何が起こったか」だけだと信じているふしがある。まず第2の疑問文を消した。次に「異なる性質の成功だ」というMeyer-Stableyの答えを受け入れず、「予想を上回る成功が彼の別の一面を引き出したのかもしれない」と書き換えた。でもこの答えは原文からあちこち外れている。

  • 「異なる性質の」(d'une nature différente)は直前にある「追加の成功」(Un succès supplémentaire)に関するもの。
  • 「引き出したのかもしれない」に当たる単語は原文にない。
  • "succès supplémentaire"(追加の成功)は、「これまでも成功し続けてきて、さらにもう一つの成功」という意味合い。「予想を上回る」のような意外性は感じられない。

更新履歴

2014/6/18
小見出し導入、段落分けを中心に書き換え

内部糾弾者に対する原著者の視線は冷たい

『ヌレエフ』P.279:
マスコミは話をいちいち増長したが、ヌレエフにはメディア的に名誉を回復して応戦する時間も意欲もなかった。彼は言い放った。
「私はパリでは愛されていないのです」
Meyer-Stabley原本:
Bien entendu, la presse se fait l'écho de toutes ces perfidies, mais Noureev n'a ni le temps ni l'envie de redore son blason médiatique et de répliquer. À peine lâche-t-il : « À Paris on ne m'aime pas. »
Telperion訳:
もちろん、マスコミはこのような背信行為のすべてを反響させる役目を果たしたが、ヌレエフにはメディア面で再興して応酬する時間も意欲もなかった。彼はかろうじて漏らした。「私はパリでは好かれていないのです」

1987年以降、パリ・オペラ座バレエのダンサーたちが監督ヌレエフを糾弾することが多くなったことについて。

ヌレエフが発言する様子は弱々しい

  • ヌレエフの発言にMeyer-Stableyは"À peine"(かろうじて)と付けている。その前の「応酬する時間も意欲もない」と同様、この「かろうじて」も、ヌレエフが不満を口にすることがごくわずかだったことを示している。
  • 新倉真由美が「言い放つ」としたlâcherの意味として仏和辞書で最初に載っているのは「緩める、放す」だが、「(不用意に)漏らす、発する」という意味もある。本音がぽろっと出るというイメージの言葉らしい。

ここでMeyer-Stableyが描くのは、記事「自重を強いられたヌレエフ」と同じく、内部批判に応戦しきれず、言われっぱなしに近かったヌレエフ。しかし新倉真由美の「言い放った」からは、あくまでも放言をやめない憎まれっ子ヌレエフしか見えない。

内部糾弾者を非難する言葉が消された

Meyer-Stableyがヌレエフに若干の同情を込めている一方、内部糾弾者たちに対して冷たいのは、ダンサーたちによるヌレエフ糾弾をperfidie(裏切り、不実な行為)と呼ぶことからうかがえる。「話」などという中立的な言葉ではない。

なお、同じ文で書かれたマスコミの行為である"se faire l'écho"は、「こだまになる」とか「こだまの役目を果たす」とかいう意味。ダンサーたちの発言をそのまま報道している感じで、大げさにするという意味合いはもしかしたらないかも知れない。もっとも、そうだとしても、「裏切り」と「話」の差に比べれば、「こだま」と「増長」の差はないに等しいが。

他の場所でも消された内部糾弾者への辛口の言葉

Meyer-Stableyが内部批判者への非難めいた言葉を使うのは、ここだけではない。

『ヌレエフ』P.279:
もうひとつの不平不満
Meyer-Stabley原本:
Autre complainte perfide
Telperion訳:
もう一つの不実な嘆きの歌
『ヌレエフ』P.279:
Meyer-Stabley原本:
Certains jaloux
Telperion訳:
妬み深い者

1番目の部分は、外部出演の許可に関する不満。2番めの部分は、ヌレエフがディナー出席を強要したとか言った人間のこと。complainte(哀歌)が「不平不満」になっているのは、英語complaintからの連想によるミスだろう。

perfide(裏切りの、不実な)、jaloux(嫉妬深い)、さらには上のperfidie(裏切り)を新倉真由美がいちいち消した結果、ヌレエフ批判がMeyer-Stableyの描写より正当なものに見える。ちりも積もれば山となるとはこのことだと思う。

更新履歴

2016/5/5
見出し変更

自重を強いられたヌレエフ

『ヌレエフ』P.278:
ルドルフはこの頃から体の衰弱を意識し始め、もはや喧嘩に費やす時間はなかった。彼はよく「フランス人達はチャーミングでベラベラ意味なくしゃべりまくっている」と皮肉っていた。
一方彼のガルニエ宮の改革はオペラ座の怒りを買ってしまった。
Meyer-Stabley原本:
Rudolf a surtout désormais conscience de sa fragilité et n'a plus de temps à perdre en querelles de personnes. Avec ses proches, il ironise toujours en disant : « Les Français, c'est charming et bla-bla-bla-bla-bla ! » Pourtant, la révolution de palais gronde à l'Opéra.
Telperion訳:
ルドルフは特にこの後、自分の弱さを意識して、もう誰とも喧嘩で失うべき時間はなかった。近しい人との間では、彼はいつもこう言って皮肉っていた。「フランス人はチャーミングで無駄口ばっかりだ!」しかし、オペラ座ではトップ交代の機運が高まっていた。

1988年、監督ヌレエフに対する内部の不満がまた高まったことについて。

ヌレエフの皮肉は内輪に留まる

引用部分の前でこそ、ヌレエフはマスコミを通して「バレエ団が私を好きかどうかはどうでもよい」と好戦的で、Meyer-Stableyに"sans effort de diplomatie"(外交努力なく)と言われている(訳本ではこの論評は消えた)。しかし、フランス人を皮肉ったのは、「彼の近しい人たちとの間で(Avec ses proches)」。つまり、喧嘩に失う時間をなくしたヌレエフは、親しい人間の前で憂さを晴らした。

だからこそ、オペラ座で渦巻くヌレエフへの不満に触れる文の前に、原文では「しかし(Pourtant)」が付く。ヌレエフが皮肉を公言していたら、「だから不満が高まった」でなければ論理的でない。ヌレエフが公の場では喧嘩を避けたから、「しかし不満が高まった」なのだ。

ただ「皮肉った」だけだと、その前に好戦的な公開コメントが引用されているせいで、この皮肉も大っぴらなものに見える。しかし、ヌレエフはオペラ座で何度も妥協や挫折を強いられている(ヌレエフ版「白鳥の湖」の翌シーズンはブルメイステル版を上演とか、Kenneth Greveのエトワール任命を断念とか)。判で押したように放言ばかりしているわけではないことは、きちんと伝えるべき。

ヌレエフの改革がやり玉に挙がったのではない

  1. 最後の文の主語"révolution de palais"は文字通りには「宮殿の革命」だが、これは「政権交代、首脳交代」というイディオム。
  2. 述語の動詞gronderは「うなる、まさに起ころうとしている、不満を言う」。主語が首脳交代なので、この場合は「まさに起ころうとしている」が適切。

新倉真由美がpalaisをガルニエ宮だと早合点したのが誤訳の原因だろう。しかし「ガルニエ宮の改革」という解釈には、おかしな点が2つある。

  1. ガルニエ宮のフランス語は"le Palais Garnier"、つまりPalaisは大文字で冠詞がつく。一方、原文のpalaisは小文字で冠詞がない。
  2. 引用部分の後で列挙されるヌレエフへの不満は、「多すぎる不在」「自分の振付優先」「踊り過ぎ」。これらは改革者ヌレエフが抱える欠点とは呼べても、「ガルニエ宮の改革」とは呼べない。「改革が怒りを買った」とは、「序列を軽視して若手を抜擢するとはけしからん」とか、「外部から多くの振付家を招待するのが気に入らない」とか、ヌレエフの業績そのものへの怒りを指すのではないだろうか。

ヌレエフが受けた被害がルグリ任命とは限らない

『ヌレエフ』P.261:
ピエール・コンベスコはパリマッチ誌の中で疑問を投げかけている。
「こんなことをして誰の役に立つのだろう? お気に入りのダンサーのエトワール指名を出し抜かれたヌレエフのため?
Meyer-Stabley原本:
« À qui profite le crime ? interrogera Pierre Combescot dans Paris-Match. Noureev, qui noyait le poisson avant qu'il ne fût d'avril ?
Telperion訳:
「この罪な行為は誰の利益になるのか?」ピエール・コンベスコはパリ・マッチ誌で尋ねる。「エイプリル前のフールを消耗させたヌレエフか?

ベジャールが自作「アレポ」初演後にエリック・ヴュ=アンとマニュエル・ルグリをエトワールに任命し、ヌレエフがそれを打ち消したために起きた騒動についての論評。

言葉遊びを交えた婉曲な原文

ヌレエフについての文の直訳は、「4月のものになる前の魚を溺れさせたヌレエフか?」。

  • "noyer le poisson(魚を溺れさせる)とは、「(事態を紛糾させて)相手の疲れを待つ」というイディオム
  • 「4月のものになる前の魚」とは、次のことにひっかけた表現
    • ヌレエフがベジャールによる任命を打ち消すとき、「エイプリル・フール」のフランス語である"poisson d'avril"(4月の魚)を口にした
    • この事件は3月下旬に起きた

しゃれまで含めてこの文を訳すのはとても難しい。ヌレエフが結局はベジャールによる任命をつぶしたことを言っているのかも知れないし、ヌレエフが事前にあいまいな返答でベジャールをはぐらかした(『ヌレエフ』によるとベジャールはそう主張しているそう)ことを指すのかも知れない。

新倉真由美の言い換えは現実をあまり反映しない

新倉真由美は「「4月のものになる前の魚を溺れさせた」を「お気に入りのダンサーのエトワール指名を出し抜かれた」と言い換えた。原文に埋め込まれた「エイプリル・フール」や「相手の消耗を待つ」という語句の意味は影も形もない。原文の解釈をあきらめ、この件のヌレエフについて新倉真由美が思ったことを書いたように見える。

しかし、ヌレエフはルグリの方は時期がくればエトワールにする気があったが、ヴュ=アンに対してその気がなかったことは、今となっては明らか。だからルグリの任命よりヴュ=アンの任命のほうが、なおヌレエフの気に入らないのではないだろうか。問題なのはルグリの任命だけのようにまとめるのは、もっともらしく思えない。

更新履歴

2016/5/5
小見出し追加

監督という肩書は変わらない

『ヌレエフ』P.290:
この時点までオペラ座バレエ団で唯一の主であったヌレエフは以後名誉監督になり、ジャン-アルベール・カルティエによる計画推進が決定したと発表された。
Meyer-Stabley原本:
Seul maître à bord du Ballet de l'Opéra jusque-là, Noureev se retrouve désormais nanti d'un directeur, Jean-Albert Cartier, qui se déclare bien décidé à mener la barque à sa façon.
Telperion訳:
それまでオペラ座バレエの唯一の主だったヌレエフには今後は指示者監督ジャン=アルベール・カルティエが付けられ、カルティエは自分の流儀でかじ取りをする決意が固いことを表明した。

1988年9月からパリ・オペラ座を統率することになったピエール・ベルジェによる、オペラ座バレエ団監督ヌレエフの権限を弱める企ての一環。

ヌレエフはカルティエを押し付けられる

  • 主文の"Noureev se retrouve ~"は「ヌレエフが~に陥る」。
  • ヌレエフが陥った状態である"nanti d'un directeur, Jean-Albert Cartier"とは、"nantir A de B"(AにBを持たせる)というイディオムの受動態を用いた「監督ジャン=アルベール・カルティエを持たされる」。

カルティエは監督めいた立場になる

カルティエを指す"un directeur"は解釈が難しい。

  • 不定冠詞unを使っているので、定冠詞leを使うバレエ団監督"le directeur de la danse"とは異なる存在。
  • ル・モンド紙の記事、たとえばパリ・オペラ座バレエの1989-1990シーズン発表を報じる1989年8月11日の記事によると、当時のカルティエの役職は"administrateur général du Palais Garnier"。だからdirecteurは役職名ではなさそう。

結局私が訳語を「監督」にしたのは、この本でdirecteurは「監督」の意味でよく使われる言葉だから。パリ・オペラ座バレエを実質的に率いるという意味かも知れないし、ヌレエフが持たされるのだから、ヌレエフを監督するという意味かもしれない。

ヌレエフは名誉監督にならない

カルティエがバレエ団運営に口を出し、ヌレエフの権限を弱める立場になることは確かだろう。しかしそれを「ヌレエフが以後名誉監督になる」と表現するのには納得できない。この表現だと、誰か別人が監督になり、ヌレエフは権限がない名誉職に就くという印象を受ける。しかしヌレエフは「双頭の鷲になってガルニエ宮を率いていく気持ちはありません」(新倉本P.290)と言っており、カルティエに監督の座を追われるのでなく、カルティエが共同監督のようになることに反発していることが分かる。それに、契約を更新するかどうかでもめていたとはいえ、ヌレエフに監督以外の地位を与えるという話は、Meyer-Stabley本にも、さらにはDiane Solway著『Nureyev: His Life』やJulie Kavanagh著『Nureyev: The Life』にもない。

カルティエは自分の抱負を自ら発表した

Jean-Albert Cartierを形容する関係節"qui se déclare bien décidé à mener la barque à sa façon"は、2つに分けられる。

  • 前半の述部"se déclare bien décidé à ~(不定詞)"は「自分が~することを固く決心していると明言する」
  • 後半の不定詞"mener la barque à sa façon"は「自分のやり方で船のかじを取る」。

つまり、カルティエは「今後は私のやり方を通す」と自ら表明した。別の誰かが発表したわけでもないし、カルティエが公の場で発表したかは分からない。

更新履歴

2014/6/13
"un directeur"に関する記述の追加を中心に書き直し
2016/5/6
小見出し変更
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プロフィール

Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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