伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2013.11.13
原本のほうが理があるヌレエフの憤激
2013.10.25
最初のバレエ教師は民族舞踊を教えていない
2013.04.15
舞台のヌレエフの特徴である風格
2013.03.25
観客が踊りに立ち入らないのは当たり前
2013.02.19
ヌレエフの偶像でなく観客の偶像

原本のほうが理があるヌレエフの憤激

『ヌレエフ』P.59:
その電報によれば彼はもはやキーロフの一員ではなく、返金のためバシキール共和国のウーファオペラ座にダンサーとして入団しなければならなかった。オペラ座は彼の研修中経済的な援助を行っていたからだ。
Meyer-Stabley原本:
Il n'appartient déjà plus à la troupe du Kirov et doit entrer comme danseur à l'Opéra d'Oufa afin de rembourser la république de Bachkirie pour l'aide financière qu'elle lui a apportée durant ses études.
Telperion訳:
彼はもはやキーロフのバレエ団の一員ではなく、ウーファのオペラ座にダンサーとして入団しなければならない。学業中に受けた金銭的援助をバシキール共和国に返済するためである。

キーロフ入団が決まったヌレエフのもとに来た、入団禁止を宣告する電報の内容。ヌレエフはこれに猛反発し、何とかキーロフにとどまろうとする。

奨学金を出したのはオペラ座でなくバシキール政府

ヌレエフの学業に金銭的援助をしたのは、原文では女性名詞を指す代名詞elleで表されている。Opéraは男性名詞なので、elleが指すのはオペラ座ではない。elleが指すのは女性名詞république(共和国)だということは、次の2点から分かる。

  • 文中の動詞rembourser(返済する)の目的語はバシキール共和国(la république de Bachkirie)。この動詞の目的語は返済すべきもの(奨学金など)のこともあるが、返済相手のこともある。共和国は貸借の対象でないのだから、返済相手。
  • この本の前のほうに(新倉本だとP.39)、ワガノワへの入学試験を受ける前、ヌレエフがバシキール共和国からの奨学金を待ち望んでいたという記載がある。

奨学金出資者による束縛力の違い

出資者がオペラ座の場合

ウーファのオペラ座に属するウーファ・バレエは、すでにヌレエフを非正規として雇ったことがあり、正式入団を希望したこともある。そこからの金でワガノワ・アカデミーに通い、入団先は別なバレエ団というのは、いわばバイトがバイト先企業の金で研修を受けた後、別な企業に入社するのに似ている。何の障害もなくキーロフに入れると思うほうがうかつに見える。

出資者がバシキール政府の場合

バシキール政府への借りを返すには、奨学金の返済で事足りるだろう。「キーロフに入団しても奨学金の返済はできる、キャリアを台無しにしてまでウーファに戻る理由はない」とヌレエフが憤っても不思議はない。

更新履歴

2013/11/15
ウーファのオペラ座とバレエ団の関係に触れる
2016/5/6
諸見出し変更

最初のバレエ教師は民族舞踊を教えていない

『ヌレエフ』P.29:
ウダリツォーヴァは彼にホパックやレジンカなどさまざまな民族舞踊の動きを練習するように言い、彼はそれらを完璧に言われるがままに踊った。
Meyer-Stabley原本:
Oudeltsova lui demande d'exécuter une gopak, une lesguinka et divers pas forkloriques qu'il connaît à la perfection. Il obéit,
Telperion訳:
ウデルツォーワは彼に、ゴパックやレスギンカ、完璧に知っているさまざまな民族舞踊のステップを実演するよう求めた。彼は従い、

11歳のヌレエフが元バレエ・ダンサーのアンナ・ウデルツォーワに才能を見出されるときのこと。この後、ウデルツォーワはヌレエフの生涯初めてのバレエ教師となる。

求めたのは練習でなく実演

ヌレエフの踊りの腕前を見るためにウデルツォーワが求めたのは、民族舞踊をexécuterすること。動詞exécuterの意味は、「実行する、実演する」などであり、「練習する」という意味はない。新倉真由美はexécuterをs'execer(練習する)と見間違えたのではないかと私は想像している。

新倉真由美の訳では、ウデルツォーワがまず民族舞踊をヌレエフに教えたように見える。しかし実際には、ウデルツォーワはヌレエフがその時慣れ親しんでいた踊りをさせたのだろう。

原著者のミス - 巻末年表でのウデルツォーワの項

もっとも、Meyer-Stableyは巻末の年表で"étudie les danses folkloriques avec Mme Oudeltsova."(訳本では「ウダリツォーヴァ夫人に民族舞踊を習う」)と書いている。新倉真由美はあるいはこの年表に引きずられたのかも知れない。以下の理由で、私は年表のほうが間違いだと思う。

  • 他の伝記を読む限り、ウデルツォーワは民族舞踊は教えていないように思える。
  • ウデルツォーワへの師事には、ヌレエフが初めてバレエを習ったという意義がある。民族舞踊は幾人もの教師からすでに習っているのだから、ウデルツォーワから習ったとしても、年表に載るべきイベントではない。

舞台のヌレエフの特徴である風格

『ヌレエフ』P.221:
彼のキープ力は誇るべきもので、格調高くダイナミックなマイムや動き、優雅なポールドブラやゆったりした動きなどがヌレエフの特徴だった。
Meyer-Stabley原本:
L'indolente fierté de son maintien, l'ampleur impériale des gestes et des parcours, la grâce des ports de bras et des ralentis sont la marque de Noureev.
Telperion訳:
物腰の物憂げな誇らしさ、皇帝のような身振りと軌跡の豊かさ、そしてポール・ド・ブラと遅い動作の優雅さがヌレエフの特徴である。

ヌレエフの踊りの特徴について述べた長文から。

キープ力の話はしていない

この文の述部は"sont la marque de Noureev"(ヌレエフの特徴である)であり、その前にあるのはすべて主語。主語はいくつかの名詞句を並べたもの。

  • L'indolente fierté de son maintien
  • l'ampleur impériale des gestes et des parcours(仕草と軌跡の皇帝のような豊かさ)
  • la grâce des ports de bras et des ralentis(ポール・ド・ブラとスローモーションの優雅さ)

1番目の主語は2、3番目の主語と同じくヌレエフの特徴であり、単独の別な文に仕立てる理由はない。この1番目の主語で使われる単語を順に見ていく。

  1. fiertéは名詞「高慢さ、誇り」。
  2. 名詞fiertéの直前にあるindolentは、名詞になることもあるが、ここでは名詞を修飾する位置にあるので、形容詞として使われている。意味は「無気力な、物憂げな」。
  3. 名詞maintienは「維持、支えること、態度」という意味がある。ここでは「maintienの物憂げな高慢さがヌレエフの特徴である」という文の一部なので、最も妥当な意味は「態度」だろう。

仕草の豊かさやポール・ド・ブラの優雅さと同様、maintienそのものに誇りが宿っているのであり、maintienを誰かが誇りに思うのとは違う。

舞台上で偉そうに振舞うヌレエフについては、パトリック・デュポンも自伝で書いたらしい。2番めの主語にあるimpériale(皇帝の)という言葉も、いくばくかの威圧感をうかがわせる。

バレエにおける仕草がマイムだとは限らない

ラルース仏語辞典でgesteの意味がこう載っていた。

Mouvement du corps, principalement de la main, des bras, de la tête, porteur ou non de signification

体、主に手、腕、頭の動き。意味を持つことも持たないこともある。(Telperion訳)

『ヌレエフ』P.115-116でヌレエフの「レニングラードでは純粋なテクニックより手や頭や体の動きを重視する」という持論が触れられるが、キーロフで重視される動きの総称がgeste。その持論とヌレエフがgesteに長けていることには一貫性がある。

仏和辞書にあるgesteの意味は「仕草、身振り」にとどまっているので、私自身もマイムのことかと思っていた。ラルースで上の定義を見つけたときいささか感動したので、載せておく。

更新履歴

2016/5/6
諸見出し変更

観客が踊りに立ち入らないのは当たり前

『ヌレエフ』P.170:
観客は私が行っていることに立ち入れないのです。舞台上では感情を内面化し自分自身に集中しなくてはなりません。
Meyer-Stabley原本:
le public ne pénètre pas dans ce que j'éprouve, qui est intériorisé, ramassé en moi-même.
Telperion訳:
私が感じることは内面化され、私自身の中に凝集され、観客はそこに入ってこないのです。

1978年11月27日のパリ・マッチ誌に載ったヌレエフのインタビューより。この発言を含むインタビューをMeyer-Stableyは"Aveu pathétique de la solitude du génie et de l'égocentrisme de l'artiste"(天才の孤独と芸術家の自己中心主義の悲壮な告白)と呼んでいる。

éprouverは「行う」でなく「感じる」

自分の感情を観客が共有しないのは、確かに孤独を感じても無理のない状況だろう。しかし新倉真由美の訳では「感じること」が「行っていること」になったため、まるでヌレエフが舞台で行う踊りに観客が介入しないのを孤独に思っているように見える。しかし、観客が踊りに立ち入ってきたら、ダンサーにとってはむしろ迷惑だろう。単語ひとつの間違いに過ぎないとはいえ、新倉真由美の文には微妙な違和感がある。

「しなくてはならない」に相当する言葉は原文にない

「私が感じること」(ce que j'éprouve)を修飾する関係節"qui est intériorisé, ramassé en moi-même"の意味は、「内面化され、私自身の中に集まる」。ヌレエフの感情が外から見えなくなるのは、ヌレエフが義務感をもってしているのでなく、自然になるのかも知れない。

2014/2/12
発言の文脈をより詳しく説明

ヌレエフの偶像でなく観客の偶像

『ヌレエフ』P.295:
観衆は彼の偶像に最後になるであろう喝采を惜しみなく贈った。
Meyer-Stabley原本:
Le public vient ovationner pour la dernière fois peut-être son idole.
Telperion訳:
観客は自分たちのアイドルに恐らく最後の喝采を浴びせに来た。

idole(アイドル、偶像)に付いている所有代名詞sonは、「彼の」という意味のこともよくあるが、厳密には「単数の三人称代名詞で表される人または物の」。この場合の単数の名詞とは、主語である"le public"(観客)。原文では、観客が自分たちのアイドル、ヌレエフに喝采を送るという、普通の情景を述べている。

しかし、新倉訳「彼の偶像」はヌレエフの偶像を指すように見える。複数の人びとである観衆を「彼」と呼ぶことは、日本語ではありえないから。ましてやヌレエフの観客には女性が大勢いるのだから。観客が拍手するのはヌレエフ本人なのに、ヌレエフの偶像に拍手するとは、何だかよく分からない表現。

『密なる時』ではまともな扱いの"son idole"

この文は明らかに、プティ著『Temps Liés avec Noureev』にある次の文のパクリ。この部分は記事「不満足な練習の原因は観客への不誠実ではなかった」で取り上げた。

le public venait pour applaudir son arrogante performance et ovationner peut-être pour la dernière fois son idole.

邦訳本『ヌレエフとの密なる時』では、"son idole"が「彼らの偶像」と訳された。sonが「観客の」だと新倉真由美が正しく認識していることが分かる。

また、同じ本にある下記の部分でも、idoleに付くsonが指すのが単数名詞"la salle"と呼ばれる観客たちであることが、新倉本からも理解できる。

『密なる時』P.33:
客席は総立ちになり、その偶像に惜しみない喝采を贈った。
プティ原本:
la salle était debout pour acclamer son idole.

なのになぜ『ヌレエフ』ではこういう訳になってしまったのだろうか。

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プロフィール

Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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