伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2014.03.26
新倉本『ヌレエフ』の不自然さ - 「三日月クラシック」より(1)
2014.02.14
誤訳を守るために原文を書き換えた疑惑 (2)
2014.02.08
誤訳を守るために原文を書き換えた疑惑 (1)
2014.02.04
『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』の改題!?
2013.10.11
翻訳に由来する新倉本『ヌレエフ』の間違い - ヌレエフ

新倉本『ヌレエフ』の不自然さ - 「三日月クラシック」より(1)

私が2011年2月に初めて新倉真由美による訳本『ヌレエフ』を読んだとき、「どういう理屈でこの文が書かれたのかさっぱり分からない」と当惑することがよくありました。2011年3月に早速「三日月クラシック」へのコメントで愚痴っています。バレエやヌレエフについて知らなくても「この文が正しいとは思えない」と怪しむような個所を列挙してみたいのは、今年最初の記事でも書いたとおりです。

まず原文比較2の記事を取り上げる理由

そういう個所の列挙としてすでに使えるのが、「三日月クラシック」の記事「『光と影』原文比較2」です。元のコメントを書いた当時は、バレエやヌレエフに関する新倉本の間違いに気づく力がとても弱かったので、非論理的な個所の比率が高くなりましたから。すでに『ヌレエフ』を読み、訳文の文脈を知っているなら、この記事を読むだけでも、私が「非論理的」という言葉で何を言いたいかは想像できるのではないかと思います。しかし、その時の私はできるだけ多くの事例を挙げることを最優先にし、説明をごく短くしました。そのため、どこがあからさまにおかしいのか、文脈を知らない人には分からない例もあります。

私はかつてヌレエフもプティも名を聞いたことがないのに、たまたま目に飛び込んだ『ヌレエフとの密なる時』の要約ブログ記事に心を動かされました。だから私も、新倉本を知らない人にも賛同してもらえる文を書けることを常々願っています。そこであの原文比較2に載った項のどこが不自然なのか、明確に書きたくなりました。

ここでは、原本を手にする前から、バレエやヌレエフの知識と関係ないところで怪しんでいた個所について、どのようにして「原本でもこんなに変なことが本当に書いてあるのか?」と疑問を持ったのかを書きます。原文が実際はどんな内容だったのかについては、原文比較2の記事を参照してください。なお、「新倉本が招くヌレエフの誤解(9) - 異様な趣味」でも、原文比較2にある2項について、どこが変だと思ったかを書いています。

ありそうにない内容の訳文

体制側の人間が反体制側の人間を迷いなく抜擢

P.76 迷いのない決定だった。

「才能を重んじる監督セルゲイエフが注目のダンサー、ヌレエフを起用するのは、迷いのない決定だった」なら分かる。しかし新倉本で上の文に続くのは「セルゲイエフは体制に順応しており、一方ヌレエフは最も反抗的だった」という意味の文。その組み合わせで決定に迷いがないはずがない。

故人からのコンタクト

P.112 クエヴァス侯爵バレエ団のライモン・ド・ララン団長*1

付いている注では、この人物が1961年初頭に死亡したとある。なのに本文でラランは、1961年6月に亡命した後のヌレエフと出演契約を契約を交わそうとしている。

女王が授ける慈善公演

P.131 それは慈善公演だった*2。

付いている注では「女王が著名人に授ける栄誉」とある。しかし慈善公演は女王と関係なく行うもののはず。

ソ連の人間が亡命者をほめそやす

P.138 この時期マスコミは、キーロフで15か月後に引退を控えたセルゲイエフの噂を聞きつけていた。彼はヌレエフが即興で他のダンサーの代役を務め、あふれるような才能と決断力を証明したとほめそやした。

ソ連に残り、体制に順応したセルゲイエフが、ソ連から逃亡したダンサーをほめそやす?よくまあそんな恐ろしいことが。

ソ連国外での関係がロシアでは周知

P.183 エリック・ブルーンとの関係はロシアでは周知のことだった。

2人がヌレエフの亡命後に築いた関係が、ソ連で周知になる可能性は低い。それにもしソ連で知られたなら、「ロシアでは周知」より「ロシアでも周知」と書きそうなもの。2人が活動した西側諸国のほうが、2人の関係が明るみに出る可能性はソ連より高いのだから。

ヌレエフがボリショイのコールドバレエを訓練

P.209 ボリショイバレエ団のコールドバレエを完成させた。

かつて「三日月クラシック」への別なコメントで「亡命後はソ連でタブー状態だったはずのヌレエフがボリショイに関与?」と書いたとおり。

引退しないと君臨し続ける

P.245 この機を逸するとそのエトワールは君臨し続けることになるでしょう。

ヌレエフの技術が衰え始めた時期にささやかれ始めた引退待望論。全盛期を過ぎたなら、その時引退しなければいずれ見苦しいパフォーマンスをさらすという予想のはず。訳文では「今引退すると君臨をやめる、引退しないと君臨し続ける」と言っているわけで、それではヌレエフならずとも引退しないだろう。

プティパの振付をヴィオレ=ル=デュクが再考

P.271 伝統的な振付は基本的に口頭伝承であり、バレエの輝かしい露仏時代(一八二二 - 一九一〇)に復元されたのもいくつかのパ・ド・ドゥーやバリエーションなど僅かでしかない。それ以外はViollet-le-Ducによって再考され、ヌレエフはさらに完璧な大作に再構成した。

プティパ原振付の「ドン・キホーテ」についての注。調べてみたらヴィオレ=ル=デュクは建築家、しかもプティパより前に死去。ヴィオレ=ル=デュクがプティパの振付をどうやって再考するのか?元コメントで私はプティパとヴィオレ=ル=デュクの生没年を書いておいたが、それが意味することはやはりはっきり書きたい。

意味不明な訳文

校長とヌレエフの質疑とアドレス帳のやりとり

P.47 ついに校長はルドルフのポケットから無理矢理アドレス帳を引っ張り出した。校長は彼がレニングラードにいたときに泊まっていたウダリツォーヴァの娘の名前を聞き出そうとしているのだと思った。彼女の電話番号は書いていなかった。が、突然激怒の火がつき、チュルコフは飛びかかって彼の手から手帳を取り上げた。

「校長は彼が(中略)聞き出そうとしているのだと思った」の「彼」とはヌレエフと校長のどちらなのか。どちらだと仮定しても、筋の通った説明にならない。

彼がヌレエフの場合
ウダリツォーワの娘とは新倉本P.43に出てくるヌレエフの知人。ヌレエフが自分の知人の名前を校長から聞き出すはずがない。
彼が校長の場合
自分が誰について聞き出そうとしているかは明らかなこと。「聞き出そうとしているのだと思った」では、自分でも確信が持てないかのようで、これまたありそうにない。

校長がアドレス帳をヌレエフから取り上げる描写が2回あるのも変。途中で一度ヌレエフに返したのだろうか。激しく対立中にそんな物わかりのよい態度を取るとは、あまりありそうに思えないが。

プリマバレリーナの過労でバレエ団が分散

P.59 八月キーロフのバレエ団は分散してしまったのだ。若きプリマバレリーナは過酷に働きすぎて意欲を失ってしまった。彼女はひたすら筋肉を伸ばして休め、泥風呂につかり海岸に横たわり休養したいと願っていた。

キーロフ・バレエが「分散してしまった」って、解散でもしたのだろうか。そんな大変な事態が一人のプリマバレリーナの過労から起こるって、どういう大物バレリーナなんだろう。それにしても、なぜバレエ団の分散について以後まったく書かれないのか。

投げ飛ばされる

P.99 ルドルフは投げ飛ばされた。ヌレエフはこうして二度目の誕生を果たした。「私は見事に放り投げられ、

この記事の最初に触れたコメントで書いたとおり。フランスの検査官だか検察官だかがヌレエフを投げ飛ばす妥当な理由がさっぱり思い当たらない。

43歳で完璧に

P.140 ルドルフが完璧に達するには四三歳になるのを待たねばならないはずだった。

バレエについての知識に照らし合わせると変な記述だというのは、「三日月クラシック」のコメントで書いたとおり。それをおいても、フォンテーンと伝説のパートナーシップを確立しようとしている23歳のヌレエフについて書いている最中に、この文が出るのはわけが分からない。当初のヌレエフはフォンテーンと不釣り合いだったとでも?

アクロバティックな容姿

P.162 この時代最も成功していたのはアクロバティックな容姿を持っていたダンサーたちで、

アクロバティックな容姿とはどういうものか、さっぱり想像できない。

2つの国にある不動産

P.203 サントロペに所有していたボドラムの邸宅

サントロぺがあるフランス、ボドラムがあるトルコ。この邸宅はどちらの国にあるのか?

新聞記者がする対戦

P.242 彼は女性的な魅力溢れるValentinoをまねておしろいとポマードを使っているアメリカ男性たちと対戦することになっていた。

新聞記者が不特定多数の男性と「対戦することになっていた」という状況が分からない。ディベートでもするのか?それに直後の文は「自尊心を傷つけられたValentinoは復讐を試みたが(以下略)」。記者がルドルフ・ヴァレンティノの追随者と対戦すると、なぜヴァレンティノの自尊心が傷つくのか?

誤訳を守るために原文を書き換えた疑惑 (2)

原本を信頼するということ

私は外国語の文を読解するとき、次のことを心がけています。

  1. 個々の単語に辞書から外れていない意味を当てる
  2. すべての単語の役割を説明できるように原文の構文を解析する
  3. その上で、前後の文脈から外れない、筋の通った意味を探す

このすべてに成功した解釈がきっと存在すると信じるのが大前提です。Meyer-Stableyはこの手の本を何冊も出してきたライター。それなりに読みやすく首尾一貫した文を書けるのだろうと思います。これは間違った記述だと思わざるを得ないこともありますが、まずは原文を手直ししないで可能な限り妥当な内容の訳文を考えるようにしています。

新倉真由美は『ヌレエフ』の訳者あとがきで、原本を褒めたたえてみせます。

それは疑問点の解決にとどまらず、ヌレエフについて知らなかったこと、知りたかったことがぎっしり詰まった宝箱のようでした。
著者はジャーナリストならではの客観的で冷静な切り口で、膨大なデータに裏付けられた事実を淡々と綴っています
それはバレエ界にとり貴重な記録になるばかりでなく、ジャンルや世代を超え(原文ママ)多くの人びとにインパクトを与えると確信したからです。

でも実際には「これは原著者の間違いに違いない」と原文を変えまくっているとしたら、それは私にとって余計に腹立たしいことです。語学力不足と不注意だけでも大問題なのに、そこに「自分の考えは原文より優先される」という傲慢さが加わったら目も当てられません。

原本の間違いを疑ったとき

もっとも、Meyer-Stableyは実際に間違えます。Meyer-Stableyの間違いを新倉真由美が妥当に修正した例として、今までに私が気づいたのは次のとおりです。

P.57 バレエの演目
  • 原文はGaeney
  • 訳文は“ガヤーネ”(フランス語のスペルはGayaneなど)
P.205 イタリアの島
  • 原文は« I Galli »
  • 訳文は「リ・ガリ」
P.282 1961年から1987年までの年数
  • 原文は"Vingt-neuf ans"(29年)
  • 訳文は「二六年間」
P.284 ジェームズ役があるバレエの演目
  • 原文は"Les Sylphides"
  • 訳文は“ラ・シルフィード”

でも、Meyer-Stableyの書くことが参考文献に沿っていたり、筋道立った説明だったりするのに、新倉真由美に顧みられなかった例のほうがはるかに多いのです。前の記事に書いた「ヌレエフの亡命を援護した検査官」や「エトワールを任命する芸術監督」に至っては、訳本しか知らない読者にはMeyer-Stableyがいい加減なジャーナリストに見える結果になっています。Meyer-Stableyはバレエの門外漢とはいえ、文献をいろいろ読んだうえで本を書いています。仏和辞書でinspecteurの意味として「刑事」より「検査官」が先に載っていたという程度の理由で、否定するべきではありません。

もし原本がどうしても間違いだらけに見えるなら、訳者が間違いを尻拭いして回るより、訳本出版を取りやめるほうが有意義でしょうね。新倉真由美は文園社に翻訳を依頼されたのではなく、自らが出版を文園社に承諾させたのです。「バレリーナへの道」94・95号でコラムや取材に活躍していることからも、文園社での新倉真由美の立場の強さがうかがえます。

新倉真由美は本当にMeyer-Stableyを「膨大なデータに裏付けられた事実を綴るジャーナリスト」と思っているのでしょうか。貴重な情報の集積体を日本に紹介する使命に駆られながら、故意を疑うレベルの読み落としや読み間違いの数々って。新倉真由美の思い込みをもっともらしく見せるための大義名分として、体よくMeyer-Stableyの名が使われているほうが、実情に近く見えますが。

誤訳を守るために原文を書き換えた疑惑 (1)

文の一部を誤解するのはよくあることです。でも、近くの別な部分を読んで「あれ、さっき書いてあったことと矛盾している。そうか、さっきのは勘違いだ」と間違いに気づくことも多いものです。こうして自分で誤訳を修正しやすいことが、長文のいいところ。

ところが、新倉真由美の訳文を読んでいると、勘違いのままだと矛盾する他の個所が都合よく消えていることがあります。不注意が重なっただけかもしれません。でも、私は矛盾をなくすためにわざと消したのかもと疑ってしまいます。

「新倉真由美のヌレエフ像に合うように原本を都合よく書き換えていないか」と思える個所がいくつかあることについては、以前「訳本が招くヌレエフの誤解」シリーズで書きました。今回はそこで挙げた例を外し、純粋にひとつの勘違いを守るために正しい別な個所が消されたように見える例を挙げます。

特に目立つ例

まず、私の印象に最も残っている例を挙げて説明します。

1. バリシニコフが亡命した時にいた場所

もともとの指摘は「三日月クラシック」にあるのですが、そこで私が誤訳をやらかしていたので、修正して再掲します。

『ヌレエフ』P.214:
一九七四年バリシニコフがキーロフバレエ団の巡業でヨーロッパに滞在しているとき、
Meyer-Stabley原本:
Lorsqu'en 1974 Barichnikov passe à l'Ouest en profitant d'une tournée du Kirov à Toronto,
Telperion訳:
1974年バリシニコフがキーロフのトロント・ツアーを利用して西側を訪れたに渡ったとき

"passer à l'Ouest"(西側に渡る)は単なる訪問でなく、亡命を指す言葉。別な場所でもその意味で使われていました。次の文に"cette défection"(この亡命)とあるのに、前の文で亡命が行われていたと気づかなかったとは、うかつでした。

さて、本題です。先ほど私が書いた、勘違いに気づくきっかけになるべき部分が都合よく消える様子を簡単に書くと、こうなります。

勘違い
Ouest(西)とはヨーロッパ。
反証
原本には続いてTorontoとある。トロントはカナダの都市なのだから、ヨーロッパではありえない。
本当の解釈
Ouestはアメリカを筆頭とする西側諸国。
新倉真由美の訳
「トロント」が消える。

Ouestをヨーロッパと思うこと自体は、そうおかしな連想だとは思いません。でも、そうすると「トロントでの巡業でヨーロッパに滞在し」という変てこな訳文になります。推測の余地があるOuestと、疑問の余地がないToronto、どちらを信じるかといえば、当然Torontoでしょう。だから「なんだ、Ouestはヨーロッパではないんだ」と簡単に軌道修正できるはず。

しかし新倉真由美の文では「ヨーロッパ」でなく「トロント」が消えました。もちろん、バリシニコフがトロントで亡命したのは歴然たる事実です。しかしそれを知らなければ、一見もっともらしい文になりました。

説明を簡略化して、他の分かりやすい例をいくつか挙げます。

2. ヌレエフの亡命を援護した2人の男性(P.97)

詳細記事
「三日月クラシック」の原文比較3
勘違い
inspecteurは「検査官」。
反証
2人はpolicierとも何度か呼ばれている。policierは「警官」で、「検査官」という訳はない。
本当の解釈
inspecteurは「刑事」。これなら同時にpolicierであっても矛盾はない。
新倉真由美の訳
policierもすべて「検査官」(または誤植かもしれない「検察官」)と訳される。
原本ではpolicierが使われている個所の例
  1. クララがフランスの検査官二人と戻ってくる(P.98)
  2. あれはフランスの検察官なの。(P.98-99)

3. ヌレエフがもたらしたもの(P.303)

詳細記事
「三日月クラシック」の原文比較4
勘違い
「ルドルフは《 touche de perfection 》を~にもたらす」という形の原文は、「ルドルフは完璧ないでたちで~に向かう」と言い換えられる。
反証
  1. 原文は「彼が最後の《 touche de perfection 》を振付にもたらす」という形。ヌレエフが振付に向かうとは意味不明。
  2. これは本番前日のこと。ヌレエフは翌日の本番にも出席するのに、本番前日が「最後の完璧ないでたち」のはずがない。
本当の解釈
問題の個所はヌレエフが振付を完璧に見えるように仕上げるさまを表す。翌日発表するのだから、手を加えるのは本番前日が最後。
新倉真由美の訳
  1. 「振付」(フランス語はchorégraphie)が「劇場」(フランス語はthéâtre)になる。
  2. 「最後の」が消える。

4. エトワールを任命するのは(P.272)

詳細記事
「三日月クラシック」の原文比較5
勘違い
エトワールを任命するのは芸術監督。
反証
任命するのは"le directeur de l'Opéra"、推薦するのが"le directeur de la danse"だとある。芸術監督に当たるフランス語が"le directeur de la danse"なのは、原本を読めば明らか。
本当の解釈
エトワールを任命するのは、推薦者であるバレエ団芸術監督の上位にいるオペラ座総裁。
新倉真由美の訳
"le directeur de l'Opéra"が「芸術監督」と訳される一方、普段は「芸術監督」と訳される"le directeur de la danse"がここに限って「バレエ部門の責任者」と訳される。

5. オランジュリー(P.226)

詳細記事
オランジュリーは美術館でなくレストラン
勘違い
文中のl'Orangerieは有名な美術館。
反証
"de Jean-Claude Brialy(ジャン=クロード・ブリアリーの)が付いている。オランジュリー美術館はブリアリーの私有物ではない。
本当の解釈
オランジュリーはブリアリーがオーナーをしていたレストラン。
新倉真由美の訳
「ジャン=クロード・ブリアリーの」が消え、「美術館」が追加される。

なぜ都合の良い変更が多発するのか

第3の例はtoucheの解釈がちょっと難しいですが、他は明快な文ばかり。あれだけ明快な矛盾点がすべてたまたま見過ごされることもあるかも知れません。でも私にとって、それよりはるかにありそうなのは、「バリシニコフはヨーロッパにいるのだから、トロントというのは原著者の間違いだ!」「オランジュリーは美術館なのだから、ブリアリーの名があってはならない!」という強烈な思い込みによる確信的な削除や改変。

信じられないような原文無視が過失なのか意図的なのかは、しょせん憶測しかできません。それに、どちらであっても情けない事態には違いなく、考えても仕方がないことでしょう。なのに考えてしまうのは、私自身にとっては意図的な書き換えのほうが嫌だからなのだろうと思います。

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』の改題!?

あまりにも今ごろ「バレリーナへの道」に関わる話ですみません。小さいといえば小さいことですが、触れないまま流すのも後々すっきりしなさそうなので。

2種類の表紙の写真

ヌレエフ特集付き「バレリーナへの道」の出版本案内ページに『ヌレエフ』があります。当然ですね。私はこの雑誌でヌレエフ特集をすると知った時、「ヌレエフのアニバーサリーに乗じて自分の本の宣伝か」と普通に思いましたから。だから最初は「やっぱり」としか思わなかったのですが、よく見ると表紙が変なことに最近気が付きました。

  • 私の手元にある『ヌレエフ』の表紙は、文園社のサイトやamazonで見られるものと同じ。赤地の上部に白地があり、そこに大きく「ヌレエフ」とあり、その下に小さく「20世紀バレエの神髄 光と影」。
  • 「バレリーナへの道」巻末にある『ヌレエフ』は、写真以外がすべて白地。その上部に大きく「ヌレエフ」、続いてすぐに少しだけ小さい字で「光と影」。

デザインばかりか題名まで変わっています。

流通している副題への不満

考えてみれば、「20世紀バレエの神髄 光と影」はわけが分からない副題だと思ったことはあります。いくらなんでもヌレエフを「20世紀バレエの神髄」と呼ぶのは大げさ過ぎます。仮に20世紀バレエの神髄が存在するとしても、この本に載っているとは思えません。バランシンもマーサ・グレアムも「ヌレエフに作品を提供した」程度の説明で、20世紀のバレエが分かるのかと。だから「20世紀バレエの神髄」は誇大広告的に見え、消え去っても惜しくありません。

Meyer-Stableyが「光と影」に込めた意味

この本での「光と影」という表現の出どころは、Meyer-Stableyが第13章に付けた名前"Le soleil et les ombres"(太陽と影)。ヌレエフのさまざまな側面のうち、1章にするほど分量がない題材を集めた章です。何が光で何が影かは断言しにくいのですが、1つ確かなのは、"celui causé par l'ombre du KGB"(KGBの影が引き起こしたストレス)という言い方をされているKGBは影だということ。私の推測ではこうなります。

13章の内容のうち、KGBの部分以外すべて。ヌレエフの芸術、衣装へのこだわり、忙しい日常生活
KGBやFBIが原因の恐怖

「ヌレエフ 光と影」が表すように見えるもの

しかし、この本のタイトルが『ヌレエフ 光と影』で、何も知らずに読んだ後に「光と影とはどういうことか」と聞かれたら、私の答えは多分違うでしょう。

ヌレエフの輝かしい成功と才能
ヌレエフの最悪な性格

そもそもMeyer-Stabley自身が、ヌレエフの栄光ともめごとに大いに興味を持っています。それでもMeyer-Stableyは、本で読んだことから逸脱しすぎないように気を付けるくらいのことはしたと思います。でも、新倉真由美は不注意と曲解と改変を繰り返して、自分の「天才だが鼻持ちならない男」なヌレエフ像を強調しましたからね。読み終わった後にタイトルを読み返したら、新倉真由美版ヌレエフのそういう二面性を改めて実感すると思います。

原本に副題はありませんが、もし副題を付けるなら、「20世紀バレエの神髄 光と影」より「光と影」のほうがこの本に合うと思います。でもその分、私はタイトルを見ると苦い気持ちになります。

中身はそのまま?

それにこの本、表紙が変わってもページ数は同じですね。ということは、新装版が本当に出版されたとしても、中身は変わらないような気がします。いいんですか? 「バランシンは晩年ニューヨークにやって来た」だの「マリンスキー劇場は後にワガノワ・アカデミーになった」だのと書かれた本を野放しにするなんて、バレエ通を自認していそうな出版社にとっては死ぬほど恥ずかしそうなものですが。

翻訳に由来する新倉本『ヌレエフ』の間違い - ヌレエフ

新倉真由美による『ヌレエフ』の翻訳のせいで、原著者が間違いだらけの文を書いているように見える個所の列挙、第2弾です(第1弾はバレエ一般について)。今回は、以下のすべてを満たす部分を挙げます。

  • 新倉本にあるヌレエフに関する間違った記述
  • 間違っているのは原著者のせいではない
  • 事実が事実であるという裏付けが取りやすい
  • ヌレエフの伝記作者なら正しくはどうなのかを知っていて当たり前だと私が思う

正しくはどうなのかは、リンク先の記事にあります。今回も、※があるのは「三日月クラシック」のミナモトさんによる指摘です。

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プロフィール

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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