伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2013.01.10
自作「トゥーランガリラ」に対するプティの自負
2013.01.09
プティに苦労させたパリ・オペラ座バレエのダンサーたち
2012.12.23
フォンテーンを見舞わなかったプティ

自作「トゥーランガリラ」に対するプティの自負

『密なる時』P.40:
これは現代的な振り付けを加えて改作されていたが、私はこの傑作をさらにつくり直したいと考え、それはシェーンブルク(原文ママ)作曲の『ペレアスとメリザンド』(注1)という新しい作品となり、コヴェントガーデン劇場でロイヤルバレエ団によって上演された。
プティ原本:
Je voulais recréer cet exploit, qui avait renouvelé l'approche de la chorégraphie contemporaine, avec le Royal Ballet sur la scène de Covent Garden pour ma nouvelle création, Pelléas et Mélisande de Schoenberg.
Telperion訳:
私はシェーンベルクの「ぺレアスとメリザンド」という新作のために、コヴェント・ガーデンの舞台でロイヤル・バレエとともに、コンテンポラリーの振付のアプローチを革新したこの快挙を再現したかった。

少し前に作った「トゥーランガリラ」を思い出しつつ、フォンテーンとヌレエフに提供する新作「ペレアスとメリザンド」に取り掛かるプティ。

「トゥーランガリラ」は同時代の振付を上回るという宣言

この文でプティは「トゥーランガリラ」をこう呼んでいる。

cet exploit qui avait renouvelé l'approche de la chorégraphie contemporaine (コンテンポラリーの振付のアプローチを革新したこの快挙)

関係詞の述語"avait renouvelé"(革新した)の時制が能動態だということに注意してほしい。「トゥーランガリラ」は現代の振付によって新しくなったのではない、「トゥーランガリラ」が現代の振付を新しくしたのだ。この言葉はプティの自賛。

この文は「ペレアスとメリザンド」の失敗を語る前置き

これから書くことは、私自身の訳文でも十分に解決できている気がしないので、上の問題がなければわざわざ書かなかったろう。しかしせっかく同じ文についての記事を書くので、触れておきたい。

ここで取り上げた文の後、フォンテーンを含めてロイヤル・バレエのダンサーたちがプティの振付を踊りたがらず、プティにとって不満な出来に終わったことが書かれる。「トゥーランガリラ」を再び創造したかった(voulais recréer)というプティの願いは実現しなかった。

上の新倉真由美の文の後にプティの挫折が続くということを念頭に置くと、新倉真由美の文には2つの読みにくさがある。

  • 「それ(プティの考え)は(中略)新しい作品となり」という言い方だと、「ペレアスとメリザンド」がプティの願いどおりに完成したように見える。なのに「作品は私にも観客にも楽しめる出来ではなかった」という内容の文が続くのは不自然。
  • 「上演された」の後で稽古の様子が書かれる。時間的順序が逆になり、続けて読むと戸惑う。

上に載せた私の訳は、この2つの問題を解消することを重視している。しかしこの訳には別な読みにくさがある。

  • 原文では「この快挙」が最初のほうにあるので、その前で書かれた「トゥーランガリラ」のことだとすぐ分かる。でも私の文では「この快挙」が文の最後のほうに来るため、これが「トゥーランガリラ」を指すと分かりにくい。

新倉真由美の文は、恐らく「トゥーランガリラ」の説明を「ペレアスとメリザンド」の説明より前にするための苦肉の策。そう思うと、単純に不適切とは呼べない。

おまけ - 「ペレアスとメリザンド」の不評を語る資料

プティが不満げなのは謙遜ではない。実際に「ペレアスとメリザンド」は観客にも不評だった。

『Nureyev: His Life』(Diane Solway著)ペーパーバックP.352
初日を観たセシル・ビートンの感想"pretentious and tiresome ... ugly acrobatics"が引用されている。Solwayに言わせると、これは大多数の代弁だった。
『フォンティーンとヌレーエフ 愛の名場面集』(アレクサンダー・ブランド著、ケイコ・キーン訳、文化出版局)
二人が共演した全作品とその反響を取り上げているが、ここでも『ペレアスとメリザンド』は散々。手元に本がないのでうろ覚えだが、「この作品は今アメリカに行っているが、二度と(イギリスに)戻らないことを願う」という引用まであった。
プティの公式サイト
「ぺレアスとメリザンド」の上演はPeu(わずか)とある。

更新履歴

2014/9/25
「ペレアスとメリザンド」の反響を最後に移すなど、文の順序を大幅に入れ替え

プティに苦労させたパリ・オペラ座バレエのダンサーたち

『密なる時』P.40:
パリ・オペラ座バレエ団のダンサーたちに怪我をさせないように、床に大きなリノリウムを貼らせるのには、莫大なエネルギーと外交的手腕を使った。おかげで彼らはトゲを刺すような危険に身をさらされることなく、自由に移動し回転し縦横に跳び、メシアン作曲の『トゥーランガリーラ交響曲』を叙情的、かつリズミカルに表現することができるようになった。
プティ原本:
Après avoir dépensé beaucoup d'énergie et de diplomatie pour faire danser le ballet de l'Opéra de Paris sur le sol en le faisant évoluer sur un grand tapis de linoléum afin d'éviter les échardes menaçantes, les danseurs glissent, roulent, déboulent en positions horizontales pour exprimer les sentiments lyriques et rythmés de la Turangalila Symphonie de Messiaen.
Telperion訳:
パリ・オペラ座バレエに床の上で踊らせ、とげの脅威を避けるための広いリノリウムのマットの上で動き回らせるため、多くのエネルギーと外交手段を費やした後、ダンサーたちは滑り、転がり、水平の姿勢で転がり落ちるようになった。メシアンの「トゥーランガリラ交響曲」の抒情的でリズムに乗った感情を表現するためだ。

労力を費やしたのは踊らせるため

プティがエネルギーと外交手段を費やした目的は次のとおり。

  1. pour faire danser le ballet de l'Opéra de Paris sur le sol(パリ・オペラ座バレエを床の上で踊らせるために)
  2. le faisant évoluer sur un grand tapis de linoléum(それをリノリウムの広いマットの上で動き回らせ、)

どちらの語句も使役動詞faireを使った使役文。

  • プティがさせた動作はそれぞれ、danser(踊る)とévoluer(動き回る)
  • プティが動作をさせた相手はそれぞれ、"le ballet de l'Opéra de Paris"(パリ・オペラ座バレエ)とle(それ)

「それ」はパリ・オペラ座バレエの言い換えなので、どちらもプティがパリ・オペラ座バレエに振付を実演させたということになる。

「とげの脅威を避けるため」(afin d'éviter les échardes menaçantes)は、直前に書かれたリノリウムのマット(un grand tapis de linoléum)の目的ではある。しかし原文に「貼る」とか「貼らせる」とかいう意味の単語はないのに、勝手に盛り込むのはどうかと思う。

踊らせるのに労力が要るのはダンサーの気質ゆえ

「踊らせるために多くのエネルギーと外交手段を費やす」というプティの表現は控え目で、これだけ読むと分かりにくいかも知れない。しかし、『ヌレエフ』訳者あとがきで新倉真由美が『密なる時』翻訳の参考文献にしたと公言する原本『Noureev』の第15・16章を読めば、かつてのパリ・オペラ座バレエのダンサーたちがどれほど反抗的だったかが分かる。そして、プティの努力とは「こんな振付が踊れるものか」とそっぽを向くダンサーたちをなだめすかして承諾させることだと、容易に推測できる。「トゥーランガリラ」の振付は当時かなり変わっていたらしく、そのことをプティはこの直後に自慢している

更新履歴

2014/3/6
仏文和訳の説明をもう少し読みやすく書き直し

フォンテーンを見舞わなかったプティ

『密なる時』P.90:
すべてが終わってしまった今となっては、白髪になっても変わることなく美しかった偉大な女性を訪ねた時の胸の熱くなるような思い出を、私自身も大切にしておきたいと思っているよ。その時の私は君ほどの強い思いがなかったので、飛行機に飛び乗ってパナマを後にして帰国の途についた。でもマーゴとの最後の思い出は、いつも心の中で私にぴったりと寄り添っているよ。
プティ原本:
Aujourd'hui que tout est fini, je pense que j'aurais aimé garder un souvenir chaleureux de la visite que j'aurais pu faire moi aussi à la grande dame aux cheveux blancs qui était toujours si belle. J'aurais dû sauter dans un de ces avions que je n'aime pas plus que toi et revenir de Panama avec un dernier souvenir de Margot à garder tout près de moi, sur mon cœur.
Telperion訳:
すべてが終わった今日、私は考える。いつもあれほど美しかった白い髪の偉大な女性のもとに、私にもできたであろう訪問を行い、その真心こもった思い出を持ち続けたかったのに。君に劣らず好きでないこの飛行機の一機に飛び乗り、パナマから戻るべきだったのに。私の身近に胸のつまる思いですべて残り続けるはずの、マーゴの最後の思い出をたずさえて。

現実には起こらなかった動作を指す条件法

原文には、時制が条件法過去である動詞が3つも出る。

1. aurais aimé
動詞の原形はaimer(~するのが好きである)
2. aurais pu
動詞の原形はpouvoir(~できる)
3. aurais dû
動詞の原形はdevoir(~するべきである)

条件法過去が示すものとしては、次のようなものがある。

  1. 過去の事実に反する仮定
  2. 過去に関する推測
  3. 過去から見た未来の出来事

1番目の用法は特に頻度が高い。なかでもdevoirの条件法過去は、仏和辞書に「~すべきだった(のに実際にはしなかった)」という意味が載っているほどメジャー。それに他の用法はこの文脈に合うようには見えない。

プティがフォンテーンを訪問するのも、病床のフォンテーンがいるパナマから飛行機で戻るのも、思い出を大事に持ち続けるのも、現実に起こったことではない。プティはヌレエフと異なりフォンテーンを訪問しなかったことへの悔恨をこめ、現実には存在しない大事な思い出を語っている。

別の場所にもある悔恨を込めた条件法過去

ちなみに、『ヌレエフ』P.158でヌレエフがフォンテーンについて語った「私は彼女と結婚すべきだったのかもしれない」は、『密なる時』が出典。原文はこの本のヌレエフの言葉としてはまれなフランス語 « J'aurais dû l'épouser »。やはりdevoirの条件法過去が使われている。

ヌレエフとプティの飛行機嫌い

"ces avions"(これらの飛行機)は続きの関係節"que je n'aime pas plus que toi"(私は君より好きではない)の文の目的語となっている。つまり、「私(プティ)はこれらの飛行機を君(ヌレエフ)より好きではない」。

『密なる時』P.85-86で飛行機の離陸に震え上がるヌレエフが書かれているとおり、ヌレエフは(旅行しまくったくせに)飛行機恐怖症だった。そのヌレエフより好きでない、というわけでプティも飛行機は嫌いだったらしい。

更新履歴

2014/6/19
小見出しと箇条書きを導入
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Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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