伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

選択する権利という尊厳

『ヌレエフ』P.100:
彼には栄誉への回帰であった。右側の選択、それは最も慈しんだものへと繋がっていく。
Meyer-Stabley原本:
Pour lui, c'est déjà un retour à la dignité: le droit de choisir, le droit qu'il chérit le plus au monde.
Telperion訳:
彼にとって、これはすでに尊厳への回帰だった。つまり、選択する権利、彼が世界で最もいつくしむ権利だ。

ヌレエフがフランスで亡命を希望した後、本当に亡命するべきかを熟慮する時間を与えられたことについて。

コロンの後にある2つの名詞句は、コロンの前にある"la dignité"(尊厳)の具体的な説明。

1番目の名詞句"le droit de choisir"
訳は「選択するという権利」。男性名詞droit(権利)を定冠詞leと"de choisir"(選択する)が修飾している。
「右側の」という意味の形容詞droitは存在する。しかし前置詞+不定詞の形をした"de choisir"を形容詞が修飾することはできない。だからここでのdroitは形容詞ではなく名詞。
2番目の名詞句"le droit qu'il chérit le plus au monde"
訳は「彼が世界で最もいつくしむ権利」。関係節"qu'il chérit le plus au monde"(彼が世界で最もいつくしむ)の目的語は、先行詞"le droit"(権利)。「繋がっていく」にあたる語句は原文にはない。

ソ連に強制送還される寸前だったヌレエフにとって、亡命か帰国を選ぶ余地ができたということ自体が、尊厳を取り戻したという意味を持っていた。

引用文の出典

伝記『Nureyev: The Life』(Julie Kavanagh著)のペーパーバックP.139で、伝記『Nureyev』(Clive Barnes著)から次の文が引用されている。

For me this was already a return to dignity.

私にとって、これはすでに尊厳への回帰だった。(Telperion訳)

Barnes本が出版されたのはヌレエフの生前である1982年なので、ヌレエフがBarnesに語ったように見える。Meyer-Stabley本からの上記引用の最初の文は、明らかにこの文のフランス語訳。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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