伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

KGBの裏工作は見え透いていたかも知れない

『ヌレエフ』P.123:
KGBの裏工作に見せないように仕組まれたのは驚きに値する
Meyer-Stabley原本:
le fait est trop étonnant pour ne pas ressembler à une manipulation du KGB.
Telperion訳:
出来事はあまりに驚くべきことで、KGBの工作に似ていなくはない。

ヌレエフの亡命後まもなく、ドーヴィルのカジノに居るヌレエフに母ファリダが電話で連絡を取るのに成功したことについて。

構文解釈

"trop A(形容詞) pour B(不定詞)"は英語の"too A to B"と同じく、「あまりにAすぎてBできない」。原文との対応はこうなる。

Aに当たる形容詞
étonnant(驚くべき)
Bに当たる不定詞
ne pas ressembler à une manipulation du KGB"(KGBの工作に似ない)

「あまりに驚くべきことであり過ぎて、KGBの工作に似ていないことはできない」は、「これほど驚くべきことは、KGBの工作に似ている」と言い換えられる。Meyer-Stableyは、KGBがヌレエフの里心を刺激するために裏で糸を引いたと推測している。

後でヌレエフが口にした疑念

伝記『Noureyev: The Life』(Julie Kavanagh著)によると、ドキュメンタリー「Nureyev」(Patricia Foy制作、1991年)でヌレエフはこの電話について次のように語っているそう。

I mean, what do they know about Deauville ―they never heard of Deauville!
(つまり、ドーヴィルについて家族が何を知っているのかと…ドーヴィルなんて聞いたこともないのですよ!)

電話を受けた当時のヌレエフは、なつかしさのあまりそこまで考えなかったかも知れない。しかし後でこうして電話の不自然さを語っている。まして第三者なら、当時すぐに「KGBの策略では」と疑ってもおかしくないし、KavanaghもKGBの謀略説を取っている。新倉真由美はファリダの電話をKGBの仕業に見えない見事なもののように書いているが、それは実態に即しているか疑わしい。

更新履歴

2014/9/29
電話の不自然さについての記述を増やす

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Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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