伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

ヌレエフの師プーシキンの教育法

『ヌレエフ』P.49:
このアーティストは教育的に優れたあらゆる資質を持ち、その知性と忍耐強さのおかげでダンサーたちそれぞれに合った指導方法を見出すことができた。生徒たちにはつま先の強化を強調し、筋肉に注意を払うよう常に言っていた。
Meyer-Stabley原本:
Tout le talent pédagogique de cet artiste réside dans l'intelligence et la patience avec lesquelles il laisse les danseurs trouver leur proper manière, mettant en évidence leurs points forts et insistant pour que ses élèves soient à l'écoute de leurs muscles.
Telperion訳:
このアーティストの教育者としての才能はひとえに、知性と忍耐をもって、ダンサーたちに自分の流儀を見つけさせ、彼らの優れた点を明らかにし、弟子が自分の筋肉に耳を傾けるように強調したことにある。

ワガノワ・アカデミーにおけるヌレエフの師プーシキンについて。

point(点)とpointe(つま先)

pointの基本的な意味は「点」で、"point fort"は強い個所、つまり長所。「つま先」はpointe。

プーシキンでなく生徒たちが見出す

"laisse les danseurs trouver"では弱い使役動詞laisserが使われており、「ダンサーたちが見つけるのにまかせる」。各自固有の方法を見出す(trouver leur proper manière)のはダンサーであり、プーシキンはその手助けをするという姿勢だった。方法はダンサーたちが見出すのだから、踊る方法のことであり、指導方法ではない。

「彼のすべての才能」と「すべての才能」の違い

"Tout le talent pédagogique"(教育的な才能のすべて)は"de cet artiste"(このアーティストの)で修飾されているので、あくまでプーシキンに備わった才能のすべてということ。教育者としての才能のうち、プーシキンが持っていないものが存在するのを、否定するものではない。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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