伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

宣戦布告に等しい遺憾の意

『ヌレエフ』P.256:
芸術監督のガルニエ宮への侵入を阻止する術はない」
Meyer-Stabley原本:
Nous avons laissé entrer un dictateur au Palais Garnier ».
Telperion訳:
我々は独裁者がガルニエ宮に入るのを許した」

ヌレエフがパリ・オペラ座バレエの教師ミシェル・ルノーを殴ったことを受け、ダンサーの組合(原本には"syndicat des danseurs"と明記)の幹部が出した声明。

直訳は上に挙げたとおり。

  1. dictateurは「独裁者」。「監督」はdirecteur。
  2. 述語の動詞laisserは、「~させておく、~するままにする」という弱い使役動詞。
  3. 文の時制は直説法複合過去。そのニュアンスは私にははっきりしないが、「今までは好き放題させてしまった。今後は違う」という意思表明なのかも知れない。

「入るがままにさせた」を「阻止する術はない」に言い換えるのは、飛躍が過ぎるというもの。ヌレエフを独裁者と公言しながらそんな弱気なことを言うはずがない。

そもそもパリ・オペラ座バレエのダンサーや組合は伝統的に、監督が相手でも自己主張が強い。ヌレエフ時代には、ヌレエフ版『白鳥の湖』の練習を遅らせるとか、ケネス・グレーヴェのエトワール任命を完全撤回させるとか、何度もヌレエフに刃向っている。

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2014/1/30
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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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