伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

嫉妬深いのはフォンテーンの夫ではない

『ヌレエフ』P.157:
嫉妬深い夫テイト・アリアスがパナマで傷を負い、半身不随になってしまったのだ。
Meyer-Stabley原本:
Blessé par un mari jaloux à Panamá, Tito Arias se retrouve paralysé.
Telperion訳:
嫉妬した夫の手でパナマで負傷したティト・アリアスは、麻痺状態に陥った。

前置詞parは動詞blesser(負傷させる)の過去分詞blesséに続くので、英語のbyと同様、受動態の動詞の動作主を示す。つまり、parに続く「嫉妬した夫」(un mari jaloux)は、フォンテーンの夫ティトを負傷させた加害者。ティトが女性関係のトラブルで恋敵に撃たれたという説は、出版本の注記でも触れられている(訳本P.158)*。

なお、伝記『Nureyev: His Life』(Diane Solway著)のペーパーバックP.309によると、ティトは負傷の結果"paralyzed from the neck down"(首から下が麻痺)とあり、全身不随といってよい。Meyer-Stableyの原文は単にparalysé(麻痺した)なのだから、わざわざ半身に限定する理由はない。ノンフィクションなのだから事実はきちんと説明すべきであり、蛇の絵に足を付け足すような加筆は惜しいと思う。

* 訳本では「襲撃」だが、原文では"avait tiré sur lui"(彼に発砲した)と具体的に書いてある。また、Solwayの伝記によると、ティトが撃たれた動機は仕事上の恨みという説が主流であり、恋愛トラブルというのはティトと対立する一派が好む説らしい。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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