伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

自由を取り戻すためにヌレエフと別れたと明言するポッツ

『ヌレエフ』P.184:
「そして別れました」ポッツは本当の理由には触れずに語った。「僕は自分の自由を取り戻したかったのです。
Meyer-Stabley原本:
« Puis, nous avons rompu, raconte Potts. Sans vraiment de raison valable. Je voulais reprendre ma liberté.
Telperion訳:
「そして別れました」とポッツは語る。「それほどもっともな理由ではありません。自由を取り戻したかったのです。

ヌレエフとの関係を回顧するウォレス・ポッツ(訳本ではウォレスでなく愛称ウォールで統一。原本では1度だけWallace Pottsと呼んでいる)。

談話の内容と談話主の説明の区別

二重山括弧«と»で囲んだ人物の発言の中に、「誰それは語った」という説明を倒置文にして含めるのは、原本のいたるところに見られる。恐らくフランス語では普通の用法なのだろう。引用した部分にこのルールを当てはめると、次のことが分かる。

  1. 括弧に囲まれた中にある"raconte Potts."(ポッツは語る)は倒置文。これが談話主についての説明文。
  2. その直後の"Sans vraiment de raison valable."は、直前の説明文とピリオドで区切られているので、説明文の一部でなく別の文。つまりこれはポッツの発言。

「本当の理由」と「本当にもっともな理由」の違い

"Sans vraiment de raison valable."では、"raison valable"(納得できる理由)をvraiment(本当に)が修飾し、sans(~のない)が否定している。deが「~から」という前置詞なのか、それとも冠詞なのかは判断しきれなかったが、どちらにしても「本当にもっともな理由はない」という大意は変わらないだろう。

不自然になった新倉真由美の文

新倉真由美は「本当に最もな理由ではありません」をポッツの言葉でなく、ポッツの描写として扱った。そして「~のない(sans)」「理由(raison)」「本当に(vraiment)」から、「本当の理由には触れず」という言葉を組み立てたらしい。

しかし、Meyer-Stableyがポッツの言ったことを本当ではないと断定し、それでいて自分が思うところの本当の理由をまったく書かないのは、伝記作者として不自然。それよりは、ポッツが「自由を取り戻したい」という理由を「大した理由ではないのです」と控えめに語ったと見るほうが理にかなう。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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