伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

幼児の目に焼きついた厳冬の情景

『ヌレエフ』P.16:
洗面所や浴室などの簡素な衛生設備は凍りつき、ルディクは長くその幻影を見たという。村で唯一の道の両側には巨大な吹き溜まりができ、どんどん雪が積もっていった。冬の間中、雪かきしようとする者は誰ひとりいなかった。
Meyer-Stabley原本:
Les sommaires installations sanitaires sont souvent gelées et Rudik aura toujours en mémoire une vision : la façon dont la neige s'amasse en énormes congères, de chaque côté de l'unique rue du village, une neige que personne ne prend la peine de balayer durant tout l'hiver.
Telperion訳:
簡易式の衛生設備はしばしば凍りつき、ルディクは一つの情景をいつまでも覚えていた。雪が巨大な吹き溜まりとなり、村の唯一の通りの両側に積み上がっている様子、冬の間中、誰もわざわざ雪かきしようとしない雪だ。

ヌレエフの幼少時代の厳しい冬。

"avoir ~ en mémoire"は「~を覚えている」だが、原文では「~」に当たる"une vision"(一つの情景)が"en mémoire"の後ろに来ている。これは、"une vision"の直後にコロンを置き、その後にvisionの説明を続けるため。説明したいことをコロンの前に置き、具体的な説明をコロンの後に書くというのは、コロンの用法のひとつ。

つまり、幼かったヌレエフが忘れなかった情景とは、コロンの後で書かれたこと、つまり道の両側にできた雪の吹き溜まり。実際、引用した部分に続いて、ヌレエフが雪について語っている(恐らく自伝からの引用)。幼児にとって、凍った水回りより雪の山の方が印象に残るのは無理もない。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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