伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

溝を越えられなかったヌレエフの比喩

『ヌレエフ』P.288-289:
野獣ルディは異星人であり続け、自在に飛び回り八面六臂の活躍をするために苦労を重ねていたが、このときには困難を乗り越えられないと感じていた。
Meyer-Stabley原本:
Rudi le fauve a beau multiplier, aérien, moelleux, entrechats et rebonds, cette fois il ne parviendra pas à le franchir.
Telperion訳:
野獣ルディがいかに軽やかにふわりとアントルシャやバウンドを繰り返そうと、今回はこの溝を越えるのに成功しなかった。

パリ・オペラ座バレエの監督時代末期、ヌレエフとバレエ団との仲が悪化したことについて。

aérienは「異星人」ではない

記事「フィガロ紙のヌレエフ讃」で書いたように、「空気のように軽い」を意味するaérienは、「外国人、異星人」を意味する英語alienと無関係。

繰り返すジャンプは苦労の比喩ではない

代名動詞"se multiplier"には「八面六臂の活躍をする」という意味があり、新倉真由美はこの意味を訳文に混ぜている。しかしここではmultiplierの前にseはないのだから、multiplierは代名動詞でなく普通の他動詞であり、意味は「~を重ねる、繰り返す」。他動詞の目的語、つまり繰り返されるものは"entrechats et rebonds"(アントルシャとバウンド)。

この文は「暴君とガルニエ宮の間には溝があった。」(訳本P.288)の直後にあり、文の後半では「溝(最後から2番目にある代名詞le)を越えるのは無理だった」と言っている。そしてバレエ用語entrechatからは、ヌレエフの跳躍が賞賛の的だったことが思い出される。だから文の前半は、「ヌレエフがたとえ跳躍の名手であろうと」という比喩だと推測できる。

「自在に飛び回り八面六臂の活躍をする」までなら、「得意技を繰り出しても」という原文のニュアンスからそう外れてはいない。しかし「苦労を重ね」は外れている。

更新履歴

2014/2/10
multiplierの説明を強化

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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