伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

人間性を証明したのはダイアナでなくエリザベス

『バッキンガム』P.298:
他界したダイアナを拒絶したのはウィンザー家最大の誤りで、彼らの冷たさは厳しく批判された。皇太子妃は一連の行動の中で既存のルールを破ったが、それは良心と人間らしさを証明することになった。女王陛下が国民たちの前に姿を見せ、彼らに話しかけ、時折目に涙を浮かべながら花束を受け取ったのは、〈ダイアナ革命〉とも言うべき人気に、心底圧倒されたためであった。
Meyer-Stabley原本:
Donner l'impression de rejeter Diana même dans la morte a été la plus grande erreur des Windsor, critiqués ainsi pour leur froideur. Certes, la reine a su rompre avec le protocole dans un bel exercice de relations publiques, faisant enfin preuve de bon cœur et d'humanité. Mais c'est vraiment sous la pression populaire de la « révolution Diana » que la souveraine est allée à la rencontre de ses sujets, leur a parlé, accepant des bouquets, parfois même les larmes aux yeux.
Telperion訳:
逝去のときすらダイアナを拒否した印象を与えたことは、ウィンザー家最大の過ちであり、こうしてその冷たさを批判された。なるほど、女王は広報活動を上手に実行して儀礼を破ることができ、ついには真心と人間性を証明した。しかし、女王が臣民に会いに行き、話しかけ、花束を受け取り、時には目に涙すら浮かべたのは、本当に「ダイアナ革命」の人気の圧力を受けてのことだった。

ダイアナ妃が逝去して数日後、エリザベス2世が数々の追悼行為を行って国民感情をなだめたことに続く文。ただし新倉真由美の文では、前の文で触れられた追悼行為が女王のものだと分からない。

女王と皇太子妃の取り違え

最も目を引くのは、第2文で儀礼を破り(rompre avec le protocole)、真心と人間性 を証明した(faisant enfin preuve de bon cœur et d'humanité)のが、ダイアナにされたこと。原文の主語は女王(la reine)であり、ダイアナはprincesse。王室本を訳していてreineとprincesseを取り違えるとは、控えめに書いてもはなはだしい不注意。

儀礼を破る女王の広報

「儀礼を破り」の後にある"dans un bel exercice de relations publiques"(広報活動を上手に実行して)は、引用直前の文でも触れられている、エリザベス2世のさまざまな弔意公表を指す。すでに離婚後のダイアナのために広く弔意を表すのは、女王の立場では異例だったのだろう。

新倉真由美は「一連の行動の中で」という不思議な訳語を当てた。新倉真由美にとって、儀礼を破ったのはダイアナ。良心と人間らしさを証明したダイアナの行動を広報と呼びたくなかったのだろうか。

なお、試訳の「広報活動」は、『プログレッシブ仏和辞典第2版』のrelationの項にあった"relations publiques"の訳語をそのまま採用したもの。英語の"public relations"もそういう意味。

拒絶したと断定しなかった原著者

新倉真由美は最初の文を「他界したダイアナを拒絶したのは」と始めた。しかしこれに当たる原文は、"Donner l'impression de rejeter Diana même dans la morte"(死亡してすらダイアナを拒否する印象を与える)。

確かに、国民は王家がダイアナを拒否したと思って怒りを覚え、エリザベス2世が事態の収拾に奔走することになった。でもMeyer-Stableyは「拒否した」でなく「拒否した印象を与えた」と書いた。慣習に従い弔意公表を控えたとしても、ダイアナを拒否するつもりのことではないという可能性を否定していないのだ。

原著者が批判に交えた譲歩

この部分では、「certes(なるほど) ~, mais(しかし) ~」という表現が使われている。これは、自分の主張に対する一定の反論を認めるという譲歩を交えた構文。この構文を使う主張は、次の流れをたどる。

  1. まず、著者が主張したいことを書く
  2. 次にcertes(なるほど)という前置きを付け、最初の主張と反することを書く
  3. 最後にmais(しかし)という前置きを付け、直前の主張が正しくても最初の主張はやはり正しいと結論を出す

上の原文で、Meyer-Stableyの主張の流れはこうなる。

  1. ウィンザー家は冷たい印象を与えるという過ちを犯した
  2. なるほど、女王は数々の人間味あふれる行動をした
  3. しかし、女王の行動は大衆の圧力を受けてのことだ

つまりMeyer-Stableyは、ダイアナの死後すぐに王家が弔意を表さなかったことに総じて批判的。しかし途中では、女王の奔走を評価した。

新倉真由美が「certes ~, mais ~」構文を理解しない例は、「トールチーフとバランシンやブルーンの縁がヌレエフを魅了」や「ヌレエフが生まれた年のソ連」を始め、いくつもある。ここでも、途中に挟まれた女王の奮闘は一切無視。王家の冷たさとダイアナの素晴らしさばかりを強調している。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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