伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

1844の間という名の由来はロシア皇帝の滞在

『バッキンガム』P.45:
部屋の名前は、ロシアのニコライ一世がイギリスを訪れ、英露協定を結んだ年を記念してつけられた。
Meyer-Stabley原本:
Cette pièce doit son nom à l'empereur Nicolas Ier de Russie qui l'occupa en 1844, lors d'une visite en Angleterre qui scella l'entente anglo-russe.
Telperion訳:
この部屋の名前は、英露協定を結んだイギリス訪問中の1844年にここに滞在したロシア皇帝ニコライ1世に由来する。

宮殿1階にある1844の間(フランス語では"la salle 1844"、英語では"the 1844 Room")の説明。

原文には注意すべき点が2つある。

  1. "Cette pièce doit son nom à"(この部屋はその名を~に負う)の直後に書かれているのは"l'empereur Nicolas Ier de Russie"(ロシアの皇帝ニコライ1世)。
  2. ニコライ1世の直後に関係節"qui l'occupa en 1844"(1844年にそれを占めた)が続いている。代名詞l'(laの縮約形)が指すのは部屋だと見ていいだろう。

つまりニコライ1世は1844年に訪英したとき、宮殿の一室に泊まった。その滞在を記念して、部屋の名が1844の間になった。

"qui l'occupa"は部屋とニコライ1世を結ぶ鍵となる語句だが、新倉真由美は故意か過失か、この語句を訳していない。おかげで部屋の命名のきっかけが英露協定のようにも見える。部屋に名前を付けるのは協定を記念する手段としては風変わりで、いまひとつ納得がいかない内容だと思うが。

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

カテゴリ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
タグ

マーゴ・フォンテーン エリック・ブルーン ノートルダム・ド・パリ パトリック・デュポン マリア・トールチーフ ミック・ジャガー 

全記事表示リンク

全ての記事を表示する