伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

メンデルスゾーンと関係ない舞踏会の間のオルガン

アルバートがメンデルスゾーンの前でオルガンの腕前を披露したときの当時の記録をMeyer-Stableyがいい加減に提示しているらしいと、前の記事で書きました。しかしどうやら、あの記録をあの個所で引用すること自体がおかしいのでした。

アルバートのオルガン演奏のエピソードは、もとはといえば舞踏会の間の説明の一部。直前の文は次のとおりです。

Meyer-Stabley原本:
La salle de bal possède un orgue célèbre - Mendelssohn y joua en 1842 un extrait d'un de ses oratorios.
Telperion訳:
舞踏会の間には有名なオルガンがある。メンデルスゾーンがそこで1842年に自作オラトリオの1曲の抜粋を演奏した。

ところが、英国王室コレクションサイトには、上の記述に反する記述があります。まず、舞踏会の間を描いた絵の説明文から。

The new Ballroom at Buckingham Palace, designed by Sir James Pennethorne, opened in May 1856.

バッキンガム宮殿の新しい舞踏会の間は、サー・ジェームス・ペネソーンによって設計され、1856年に開設した。(Telperion訳)

舞踏会の間が1856年にできたという記述は他のさまざまなサイトでも見かけます。しかし英国王室に関する記述の信頼度という点では、英国王室コレクションサイト1つだけで、Meyer-Stableyの記述を疑わせるには十分です。

そして、 舞踏会の間のオルガンの説明にはこうあります。

In 1818 Lincoln had installed an organ in Nash's newly built Music Room at the Royal Pavilion, Brighton,

1818年にリンカーンはナッシュが新しく建設したブライトンのロイヤル・パビリオンにオルガンを設置した。(Telperion訳。なお、リンカーンとはオルガン制作者Henry Cephas Lincoln)

さらに上記説明ページのOverviewタブの一番下にある"Read more +"をクリックすると、下の引用が読めます。

The new ballroom at Buckingham Palace was built by Thomas Cubitt in 1852-5. On 12 July 1855 Lincoln was paid £68 for 'adapting the organ for the Ballroom at Buckingham Palace' (LC11/136, qtr to June 1856). However, Lincoln only carried out part of the work, with the remainder being carried out by Cubitt, and the organ firm, Gray & Davison.

バッキンガム宮殿の新しい舞踏会の間は、トーマス・キュービットによって1852~5年に建設された。1855年7月12日、リンカーンは「オルガンをバッキンガム宮殿の舞踏会の間に合わせるために」68ポンドを支払われた。しかしリンカーンは作業の一部を行っただけで、残りはキュービット、そしてオルガン会社グレイ&デイヴィソンが行った。(Telperion注: 原文の括弧内部は私には訳せませんでした)

1842年には現在の舞踏会の間はまだなく、そこに設置されたオルガンもまだロイヤル・パビリオンにありました。メンデルスゾーンとアルバートがオルガンを弾いたのは別の部屋、別のオルガンのはずです。実際、メンデルスゾーンの手紙には次のように書いてあるので、アルバートの私室でアルバート個人のオルガンを弾いたのではないかと思います。

メンデルスゾーンの手紙:
Prince Albert had asked me to go to him on Saturday at two o'clock, so that I might try his organ before I left England.
Telperion訳:
土曜の2時に来て、イングランドを発つ前に自分のオルガンを試してほしいと、アルバート殿下に頼まれていたのです。

観光で舞踏会の間を訪れたとして、ガイドに「舞踏会の間には有名なオルガンがあります。メンデルスゾーンがそこで演奏したのです」と言われたら、観光客としては「この部屋のあのオルガンでメンデルスゾーンが演奏した!」とちょっと感動するところです。しかし実際には、メンデルスゾーンはオルガンに触っていないし、アルバートにその音色を聴かされてもいない。メンデルスゾーンは1847年に逝去したので、舞踏会の間に入ったこともない。宮殿案内としてはゆゆしき失態ではありませんか?

更新履歴

2016/12/7
英国王室サイトのリンク切れに伴い、出典リンクを英国王室コレクションサイトのみに変更

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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