伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

『バッキンガム』照合範囲の狭さによる思い残し

バッキンガム案内からは見つからない先入観

『バッキンガム宮殿の日常生活』(Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)を英アマゾンにある原文を今まで照合してきて、『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』で見られる特徴をいくつも見つけることができました。

  • 原文の構成をたどろうとする形跡がない
  • 文の中心的な単語でも仏和辞書で調べない
  • 単語の見落とし・見間違い

でも、『ヌレエフ』で私が最も問題にしている特徴は見つかっていません。

  • 原文より訳者の予断が優先される

『ヌレエフ』には、「ただの不注意や語学力不足でここまで読み間違えるだろうか、自分の偏見を反映させているとしか思えない」という個所がいくつもあります。でも『バッキンガム』は、語学力の圧倒的な不足と読み方の粗雑さだけでもああなりそうです。英アマゾンにある原文はほとんどがバッキンガム宮殿の説明。先入観にかられて暴走しようにも、新倉真由美に「バッキンガム宮殿はかくあるべき」という強い先入観がなかったのだと思います。

スキャンダル記述に先入観が入るという懸念

でも、他の部分にも先入観がないとは限りません。『バッキンガム』の訳者あとがきで一番気になる部分を挙げます。

神秘のヴェールの向こう側の世界には、(中略)驚きや不思議さに満ちていると同時に、華やかさとは裏腹に言いようのない孤独感が迫ってきました。
しかし、最も印象に残ったのは、ロイヤルファミリーそれぞれの人間としての部分でした。

人間としての部分! 『ヌレエフ』の訳者あとがきを思い出します。

読み進むうちに徐々に人間ルドルフ・ヌレエフ像が浮き上がってきます。

あと、『バレリーナへの道』No.94にあったヌレエフの略歴に関するコラムも。

表面的な華やかさとは裏腹に、心は枯渇し生涯孤高の人であった。

新倉真由美のいう「人間ヌレエフ」が、Meyer-Stableyの文に比べてヌレエフの性格の欠点を誇張したものだということは、私が力を入れて書いてきたことです。Meyer-Stableyだってヌレエフの自己中エピソードは好んで書いていますが、「努力するパートナーには協力的だった」「マスコミが一面的に報道した」など、性格面でのフォローもしています。でも新倉真由美は「ヌレエフは周りをないがしろにした」一辺倒。ヌレエフのダンサーとしての力量も誇張することで、自分をヌレエフの伝道者だとかろうじて見せているようです。

『ヌレエフ』に続いて『バッキンガム』でも、新倉真由美が「人間としての部分」「華やかさの裏の孤独さ」を強調したことに、私はとてもきなくさいものを感じます。第1章の宮殿案内はほんの前座。2002年に出版された原本の山場はダイアナ妃の生涯やチャールズ皇太子やカミラの事件だろうし、他にもワイドショー受けしそうな題材はいくつもあります。そして、王族に向けた辛口の言葉はよその章でちらちら見えます。しっかり読んだら原本購入に突き進むのが目に見えているので、私は照合範囲外の本文には目を向けないようにしているのに。原本を読まずにそのすべてがMeyer-Stabley由来だと受け入れるほど、私は素直ではありません。

英アマゾンにない部分まで照合するのは、私には荷が重いことです。ダイアナ妃の1章だけでも結構な分量ですから。心残りではありますが…今はヌレエフ本2冊を気にしつつ、英アマゾンの原文との照合を進めることに専念したいです。

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プロフィール

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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