伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

陰気な外観の一般事務室

『バッキンガム』P.53:
スタッフの部屋は、気にする人もいると思うのでやめておこう。
Meyer-Stabley原本:
Évitez les bureaux du personnel, dont certains sont plutôt cafardeux.
Telperion訳:
職員の事務室からは離れていよう。そこのことでかなり気を滅入らせる者もいる。

宮殿の3階の説明から。女王夫妻と同じ2階の事務室に比べると、一般職員が多いと思われる。

構文解釈

文はコンマを境に大きく2つに分かれる。

Évitez les bureaux du personnel,
主文。訳は「職員の事務室に近づかないでください」
dont certains sont plutôt cafardeux.
関係節。訳は「それのことで幾人かはかなり気を滅入らせる」

後半の訳でいう「それ」、つまり関係節で説明しているのは何か。新倉真由美の文だと、訪問者が部屋を見に来ることのように見える。しかしdontで始まる関係節が修飾するのは、前にある名詞句。この場合は文法上、"le personnel"(職員)と"les bureaux du personnel"(職員の事務室)のどちらかになる。

文脈をふまえて

引用部分の続きを読むと、関係節で説明しているのは部屋だと分かる。

昔の侍従が自分の部屋についてこう語っている。「部屋は北向きで、うら淋しいドア窓があり、冬のように薄暗く全く陽の光が入りませんでした。天井はとても高く、壁は膨大な量の歴史や宗教の本で埋め尽くされていましたが、待ち時間に暇つぶしに読めるようなやさしい本はわずかしかありませんでした」(新倉本より)

このように陰気な場所だから、Meyer-Stableyは読者を案内しないのだ。

ところで、Meyer-Stableyは読者をもう女王や高級職員の執務室に案内しているし、引用部分の直前では化粧室にまで入っている。なのに一般職員の事務室でいきなり部屋の中の人に遠慮しているように見えるのが、新倉真由美の文がやや不自然なところ。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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