伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

ヌレエフの亡命の根拠となった条約

『ヌレエフ』P.97:
ジュネーヴ協定ではすべての外国人は居住する国における保護権を要求できる
Meyer-Stabley原本:
La convention de Genève prévoit que tout étranger peut demander le droit d'asile dans le pays où il se trouve,
Telperion訳:
ジュネーヴ条約の規定によると、すべての外国人は滞在する国で保護の権利を申請できる

フランスからソ連に送還されかかったヌレエフを救うために友人クララ・サンが思い出したと書かれたことのひとつ。クララはこの後、ヌレエフがフランスの警官に政治的保護を要求する手はずを整え、ヌレエフは亡命を果たすことになる。

権利を申請できる国

新倉真由美が「居住する」と訳した述語は"se trouve"。単に「いる、ある」という意味で、住んでいるという意味ではない。

亡命直前のヌレエフの場合、自分がいる国とはフランス。実際、ヌレエフはフランスに向けて政治的保護を要求した。この事例を頭に置くと、「外国人が自分のいる国で保護の権利を申請できる」は、「他国にいる人物はそこで自国の迫害からの保護を申請できる」と言い換えられると分かる。

このときのヌレエフが居住する国と言われると、私はどうしてもソ連だと思ってしまう。しかしヌレエフがソ連での保護権を要求しても、通る可能性はまったくない。国が自国領内の国民を迫害するのを止めさせるのはあまりに実現困難で、協定の条文に採用するのは無理なのではないか。

あるいは、「居住する国」は自国からの移住先を指すという解釈もできるかも知れない。でも、上の引用の後には「が、これは当事者がはっきりと声高にその援助を主張したときにのみ適応される」(新倉本より)と続く。外国に住むようになる人がそこでの保護をいちいち声に出して主張する必要はない。この描写は亡命の瞬間を想定しているのだから、ヌレエフを含め、移住先の決定は後回しな状況が多いだろう。

おまけ - 条約の呼び名

仏和辞書だけを頼りに"La convention de Genève"を訳すなら、「ジュネーヴ協定」は最も一般的な訳語。私は国際協定のたぐいにはてんで疎いので、この訳語がありえないとは判定できない。それにヌレエフの伝記でこの言葉が間違いだったとしても、致命的ではないだろう。でもせっかく「この協定は日本語では何というのかな」と好奇心を持ったので、googleでざっと調べた結果をメモしておく。

ヌレエフが亡命する根拠としてふさわしいのは、1951年に採択された難民の地位に関する条約だろう。仏語wikipediaの説明ページには"dite Convention de Genève"(Convention de Genèveと呼ばれる)とあるので、Meyer-Stableyによる呼び名"La convention de Genève"とも合う。

日本語の「ジュネーヴ協定」から難民の地位に関する条約を連想するのは、多分難しい。

  • 日本では難民の条約にジュネーブの名を冠して呼ばないらしい。国連難民高等弁務官事務所のサイトでは、「難民の地位に関する1951年の条約」と呼んでいる。
  • 戦時の傷病軍人や捕虜や文民の受けるべき待遇を定めるジュネーブ条約が存在する。1949年のものが一番有名らしい。「条約」に対応する英語はconvention。国際条約の知識がある人が「ジュネーヴ協定」と聞いたら、1949年のジュネーブ条約を連想する可能性はかなりありそう。
  • 第一次インドシナ戦争の休戦に関する1954年のジュネーブ協定というものもある。

いわゆるジュネーブ条約もジュネーブ協定も、ヌレエフの役には立たないから、Meyer-Stableyの頭にあるものではないだろう。「難民の地位に関する条約」とか「難民条約」とかのほうが、日本人読者は戸惑わずに読めるかも知れない。

もっとも、そもそも原本の言い方があいまい。仏語wikipediaの"Convention de Genève"のページによると、こう呼べる条約は400を超えるとか。しかもそこで列挙された例のうち、唯一ボールド体で目立っているのは1949年のジュネーブ条約。フランス人が"Convention de Genève"から直ちに難民条約を連想できるか、疑問が残る。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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