伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

最高級の庭園と比べた上での少しの失望

『バッキンガム』P.53:
イギリス的な見方からすると、バッキンガム宮殿は庭園造りにやや失敗したかもしれない。英国ではあちらこちらに芝生があるが、宮殿のいくつかの庭園には見事なデザインが見当たらない。
Meyer-Stabley原本:
Ceux pour qui britannique rime avec jardinage risquent d'être un peu déçus par les jardins de Buckingham Palace. La pelouse anglaise y règne bien, mais sans les splendides compositions de certains jardins royaux.
Telperion訳:
イギリスを園芸と切り離せないと見なす人々は、バッキンガム宮殿の庭に少し失望するかも知れない。そこではイギリスの芝生が見事に君臨しているが、いくつかの王室の庭の壮麗な構成はない。

失望しうるのは英国庭園の心酔者

第1文の構文解釈

原文の第1文は大きく2つに分けられる。

主語
Ceux pour qui britannique rime avec jardinage (イギリスと園芸は切り離せないと見なす人々)
述部
risquent d'être un peu déçus par les jardins de Buckingham Palace. (バッキンガム宮殿の庭園に少し失望する恐れがある)

述部は難しくないので、主語のみ説明する。

  • 主語は"ceux ~(関係節)"という形で、「~である人々」という意味。
  • 関係節は次の文をもとにしている。
    Britannique rime avec jardinage pour eux. (彼らにとって、イギリスと園芸は切り離せない。)
  • 関係節の述語の動詞rimerの基本的な意味は「韻を踏む」だが、転じて「調和する、~に等しい」という意味にもなる。「「韻を踏む」はこの場合ありえないので、私は「~と等しい」を踏まえ、「~と切り離せない」という訳語にした。

イギリスの庭を高評価するからこその失望

「イギリスと園芸は切り離せない」とは、イギリスといえば園芸の国と言う価値観を指すのだろう。そこまでイギリスの庭園を評価するからこそ、「イギリス、しかも王室のものにしては、バッキンガム宮殿の庭園は今一つ」と思えてしまうのだ。

そこまで高い水準を求めなければ、宮殿の庭園もなかなかのものなのだろう。現に、Meyer-Stableyがこの後で描写を続ける庭園の様子は悪くない。しかし、新倉真由美の「イギリス的な見方」からは、庭園に寄せる期待の大きさが分からない。イギリス人の大半が宮殿の庭園を今一つ扱いしているようにも受け取れる。

また、「イギリス的な見方」には、この見方をするのはイギリス人が主という印象を受ける。しかし、少なくとも原文からは、イギリスの庭園にほれ込む外国人が大勢いる可能性を否定できない。

比較するのはバッキンガム宮殿の庭園と他の英王室庭園

最初に述べるのはバッキンガム宮殿の芝生

原文の第2文の前半は次のとおり。

La pelouse anglaise y règne bien, (イギリスの芝生がそこで良く君臨する)
  • 芝生が君臨する場所は代名詞y(そこで)。前の文とのつながりから、当然バッキンガム宮殿の庭園を指す。
  • 形容詞anglaise(イギリスの)はyを修飾できず、直前の名詞pelouse(芝生)を修飾する。

ここで話題になっているのは、あくまでもバッキンガム宮殿の芝生に限られる。

比較対象として出すのは他の英王室庭園

原文の第2文の後半は次のとおり。

mais sans les splendides compositions de certains jardins royaux (しかしいくつかの王室の庭園の壮麗な構成はない)

バッキンガム宮殿の庭園と違って見事な構成を持つと言われているのは、"certains jardins royaux"(いくつかの王室の庭園)。前半で触れたバッキンガム宮殿と比較してほめているのだから、バッキンガム宮殿以外の英国王室所有の庭園と見るべき。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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