伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

ラジオ音楽には何でも聴きほれた幼い頃

『ヌレエフ』P.20:
ヌレエフにとって外の世界を知れたのはラジオだけだった。公人が亡くなると絶え間なく流れていたポピュラー音楽が中断され、ベートーベンやチャイコフスキーなどの曲が放送されたが、彼はそれに聴き入っていた。
Meyer-Stabley原本:
Car pour Noureev, le seul aperçu d'un monde extérieur plus vaste est la radio familiale. Il l'écoute des heures durant, particulièrement heureux quand la mort d'un personnage officiel met un terme à la perpétuelle musique populaire au profit de larges extraits de Beethoven et de Tchaïkovski.
Telperion訳:
なぜならヌレエフにとって、もっと広い外界を表す唯一のものは家庭のラジオだったからだ。何時間でも耳を傾けていた。とりわけ幸せだったのは、公人が死去したために絶え間ないポピュラー音楽が終わり、ベートーヴェンやチャイコフスキーの長時間の抜粋に交替したときだ。

2歳のころから音楽にとても反応していたという記述に続く文。

クラシック音楽以外のラジオ放送も聴いた

原文最初の"Il l'écoute des heures durant"(彼は何時間もの間、それを聞いた)の目的語は、三人称単数の名詞を指す代名詞leまたはlaの縮約形l'。この代名詞が指す名詞としてこの場合に適切なのは、前の文で出たラジオ(la radio)。radioは女性名詞なので、l'はlaの略だと分かる。

新倉真由美は、ヌレエフが聴いていたのが臨時放送のクラシックだとしている。しかしこの解釈には私が納得できない点がいくつもある。

  1. "Il l'écoute des heures durant, "の個所では、まだクラシック音楽は話題になっていない。触れていない音楽をいきなり代名詞で指すのは不自然。
  2. このクラシックは"de larges extraits de Beethoven et de Tchaïkovski"(ベートーベンやチャイコフスキーからの多大な抜粋)と呼ばれている。この名詞句は複数形なので、対応する代名詞はles。しかし、ヌレエフが聴いていたのは、上で書いたように単数の名詞なので、抜粋と合わない。
  3. 上の2点に比べると個人的な意見だが、一応書いておく。ヌレエフは音楽を「何時間も」聞いていた。死去したのがソ連の最高指導者でもない限り、臨時放送は何時間も続かないと思う。

ポピュラー音楽を聴いても幸せになった

要人の死去のためラジオのポピュラー音楽がクラシック音楽になったという文の前にある"particulièrement heureux quand ~"は、「~のとき特に幸せだった」。特に幸せだったと言うからには、それよりは落ちるけれどそれなりに幸せだった時間もあるはず。この場合、前の文が「ラジオを聞いていた」なので、ほどほどに幸せだったのは、ポピュラー音楽を初めとする普段のラジオを聞いているときだろうと見当がつく。

引用部分の前後でも音楽は何でも好きだった

前後の記述を読んでも、ヌレエフが好きだったのはクラシックに限らないと分かる。

  • 引用する直前の文で、ヌレエフは「音楽に」(à la musique)反応していたとある。クラシック音楽限定ではない。
  • この後にヌレエフがこの時期の音楽への傾倒を回顧する文(多分自伝の引用)が続く。そのなかでヌレエフは「どんな音楽でも(n'importe quelle musique)」聞いたと語っている(新倉真由美訳は「あらゆる音楽」)。この回顧全体を通して、ヌレエフはこの時期好きだった音楽の種類を限定していない。

クラシックに傾倒したのは成長後

名を成した後のヌレエフがクラシック音楽を愛好した様子は、『ヌレエフ』のあちこちにも書いてある。今回の文を読む限り、クラシック好きは子どもの頃からのことらしい。しかし幼児のヌレエフは聴きたいものを選り好みをできる立場にない。聞こえてくる音楽が何であろうとかじりついた。同時代の音楽とは多分あまり縁がなかったヌレエフが、幼いころはポピュラー音楽にも聴きほれていたということから、当時のラジオがヌレエフのきゅうくつな生活をどれほど慰めたかを想像できる。

Meyer-Stableyの言では、ヌレエフの音楽好きはヌレエフをバレエのとりこにする土台となった感情(「三日月クラシック」の原文比較記事より「P.20 音楽は情熱を生み出す母体となり、~」を参照)。それほど深い愛着を「たまにクラシックが流れると聴き入った」ですまされるのは、原文を読んでいると少しあっけなさ過ぎる。

更新履歴

2016/5/13
諸見出し変更

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Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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