伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

場所によって呼び名が違う最上階

『バッキンガム』P.44:
地下の二つのエレベーターを使い三番目のボタンを押す人と、四番目のボタンを押した人が、住居スペースの最上階で一緒になるのです」
Meyer-Stabley原本:
Deux membres du personnel prenant au sous-sol deux ascenseurs différents, appuyant l'un sur le bouton du troisième étage, l'autre sur celui du quatrième, se retrouvent ensemble au dernier étage, celui des domestiques.»
Telperion訳:
二人の職員が地階で2つの違うエレベーターに乗り、一人は4階のボタンを押し、一人は5階のボタンを押すと、召使いの階である最上階で合流するのです」

宮殿内部を迷わず移動することの難しさを元召使ラルフ・ホワイトが述懐する。

原本のほうがエレベーターを使うのは難しい

仏文和訳

違うエレベーターに乗った二人が押すボタンは、"le bouton du troisième étage"(4階のボタン)と"celui du quatrième"(4番目のそれ)。quatrième(4番目の)は"troisième étage"のすぐ後に来るので、"quatrième étageの省略だと推定できる。フランス語では英語と同様、階数を2階から数え始めるため、4番目のétageは日本語でいう5階になる。

新倉真由美の「三番目」と「四番目」は、étageを訳さなかった結果。

エレベーターを使う難易度がどう違うのか

ホワイトの話によると、同じ階がエレベーターによっては5階と呼ばれたり4階と呼ばれたりする。エレベーターの表示を前もって熟知していなければ、正しい行き先ボタンを押すのに苦労する。

新倉本の「三番目のボタン」と「四番目のボタン」から私が想像するエレベーターは、たとえば片方がB1、1、3階に止まり、もう片方がB1、1、2、3階に止まるというもの。場所によって止まる階が違うエレベーターは、デパートやら高層ビルやらで、多くの人にお馴染みのはず。この場合、目指す階のボタンを押しさえすれば、少なくとも正しい階には確実に行ける。

最上階は召使いの階

仏文和訳

エレベーターに乗った2人が着く最上階(dernier étage)は、"celui des domestiques"(domestiqueのそれ)と言い換えられている。

celui
代名詞「それ」。前にあるétage(階)の言い換え。
des
名詞の後に来る場合は、"de les"(~の)の縮約形。desの後には男性名詞の複数形が来る。
domestiques
domestiqueの複数形。domestiqueは「家庭の、国内の」という形容詞のこともあるが、ここでは"celui des"の後にあるので名詞。domestiqueの名詞としての意味は「召使い、使用人」。

3階は最上階ではない

新倉本や原本の宮殿見取り図に載っているのは1階から3階まで。だから宮殿が3階建てだと思いたくなる。しかし宮殿が3階建てだと、次の点がおかしい。

  1. ホワイトは4階や5階の話をしている。
  2. 3階にはかつて女王の子どもたちが住んでいた。「召使いの階」とは呼べない。
  3. 最上階は別の個所で次のように説明してある。3階の説明には似合わない。
    『バッキンガム』P.53:
    召使やメイドなど使用人たちの小部屋が数多くあり、最上階はまさに〈ウサギ小屋〉である。
    Meyer-Stabley原本:
    Le dernier étage est un vrai « clapier » : une kyrielle de petites chambres occupées par les valets de pied, les femmes de chambre et autres domestiques.

実は3階の上に屋根裏のような別の階があるのだろう。地階同様、見取り図を載せるほど重視されていないというだけで。

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Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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