伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

普通でないと述べた文が正反対に

『バッキンガム』P.24:
非現実的に見える組織の中に飛び込んでみると、恐らく普通でないことは何もないと気づく。
Meyer-Stabley原本:
On mesure, en plongeant dans ses rouages parfois surréalistes, que rien n'y peut être tout à fait ordinaire.
Telperion訳:
時には現実離れした機構に入り込むと、何物も完全には普通でいられないと見極める。

記事「内務省の統治は無関係」の直後の部分。バッキンガム宮殿内部の世界について述べている。

存在しえないのは普通のもの

原文最後の"rien n'y peut être tout à fait ordinaire"は、機構の中に入り込んだ者が見なすこと。この文で言いたいことがここに凝縮されている。

rienは英語のnothingに似ており、「何も~ない」という否定文を作る。しかしnothingと違い、rienは英語のnotに似たneとともに使われる。例として、2つの言語での「私は何も言わない」を載せる。フランス語ではneとrienが否定の意味を作っている一方、英語ではnothingのみで否定の意味を作っている。

フランス語
Je ne dis rien.
英語
I say nothing.

これを"rien n'y peut être tout à fait ordinaire"に当てはめると、「何ものもそこでは完全に普通ではいられない」。つまり多かれ少なかれすべてが普通でないということ。

この文とその前後のずれ

この文の周辺では、「女王の住む宮殿は外界とは違う」という論調の文がいろいろ並んでいる。新倉本からいくつか抜き出してみる。原本もだいたいは同じ内容。

女王は隔離された世界から抜け出る気にはなれない。
一般庶民の生活と、霧に覆われた宮殿の生活との間には本物の溝がある。(引用した文の直後)
しかしバッキンガム宮殿のアリスは鏡を突き抜けることはできない。

宮殿の中と外を普通の世界と『鏡の国のアリス』の世界にたとえるほど、Meyer-Stableyはバッキンガム宮殿内部の特異さを繰り返している。そのさなかに「普通でないことは何もない」はずいぶん浮いて見える。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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