伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

内務省の統治は無関係

『バッキンガム』P.24:
内務省が統治していた一九世紀のように、何から何まで女王の人格を中心に据えているバッキンガム宮殿は一種の飛び領土を形成している。
Meyer-Stabley原本:
Un monde très XIXe siècle, tant par l'atmosphère qui y règne que par son fonctionnement interne : Buckingham Palace (BP, comme l'appelle le personnel), entièrement centré sur la personnalité de la reine, forme une sorte d'enclave.
Telperion訳:
非常に19世紀的な世界だ。そこで支配する空気のせいでもあり、その内部動作のせいでもある。つまり、バッキンガム宮殿(職員による呼び名はBP)は女王の人格に完全に集中しており、一種の飛び地となっている。

序文から、宮殿で女王が暮らす世界について。

仏文和訳

内務省は出てこない

新倉真由美の「内務省」に当たるらしい原文"son fonctionnement interne"の直訳は「その内部の動作」。「その(son)」が何かは私には断定できないが、女王の生活についての文なのだから、「19世紀的な世界」が妥当かと思う。

"son fonctionnement interne"直後のコロンは、その後にコロン直前の語句の詳細な説明が続くという合図となることが多い。ここでは、「その内部の動作」の説明として、「女王の人格に集中する」「一種の飛び地を作っている」を続けている。

新倉真由美は原文の"son fonctionnement interne"を内務省だと解釈したらしい。しかし、コロンの後にある説明を無視したとしても、無理な解釈だと思う。

  1. fonctionnement(働き、作動)は部署を表す言葉らしくない。
  2. 形容詞interne(内部の)が「内政を担当する」などという意味を持ちうるとは思えない。現に フランス内務省は"Ministère de l'Intérieur"であり、"intern Ministère"ではない。

統治するのは空気

l'atmosphère(空気)を関係節"qui y règne"(そこで支配する)が修飾している。関係代名詞がquiなので、「そこで支配する」の主語はquiの前にある空気。内務省やその原語とはつながりがない。

2つの理由を並べる

"tant A que B"とは「AもBも同様に」。2つのものを同列に並べるための表現。原文でAとBに当たるのは次の語句。

  • par l'atmosphère qui y règne (そこで支配する空気によって)
  • par son fonctionnement interne (その内部の動作によって)

前置詞parの意味はさまざまだが、この場合は理由や手段を表す「~によって」が最も適切と思う。つまり、宮殿における女王の生活が「非常に19世紀な世界」(Un monde très XIXe siècle)である理由を並べている。

新倉真由美が"tant A que B"というイディオムに気づいている様子は見えない。原文には「~のように」と訳せそうな単語は見当たらないし。

新倉真由美の文の地味な意味不明さ

新倉真由美の文の「内務省が統治していた一九世紀のように」は、一見すると普通の文に見える。しかし、どういう意味か理解しようとすると行き詰まる。

  1. 統治していた場所はどこか。ここでは英国全体でなく女王の話をしているので宮殿なのだろうが、「宮殿を内務省が統治していた」はあまりありそうなことではない。
  2. 19世紀と現在に違いはあるのだろうか。イギリス内務省自体は今もあるが、管轄範囲が狭まりでもしたのか?
  3. 19世紀を「何から何まで女王の人格を中心に据えている」と呼べるのか。ヴィクトリア女王の19世紀イギリスは政党政治が発達した時期ではなかったか?

原文を読めなかった結果、意味不明な訳文が出来上がるのは珍しくない。『ヌレエフ』については、そういう意味不明な文を記事「新倉本『ヌレエフ』の不自然さ - 「三日月クラシック」より(2)」などで取り上げている。「内務省が統治していた一九世紀」がそれらと違うのは、わけが分からなくても「きっとイギリス史に通じていれば分かる文なんだ、分からないのは無知な私が悪い」と引き下がりたくなる圧力を感じるということ。もっとあからさまに意味不明なら、「こんな意味不明な本を信用できるか」と思えるが。地味ながら苛立ってくる個所。

更新履歴

2014/7/7
「19世紀は女王の人格に集中している」はMeyer-Stableyの主張でもあるので、新倉真由美の文で分からないことの例としてふさわしくないため、取り消し線を引く

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Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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