伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

バッキンガム・パレス・ロードが廊下だという決めつけ

『バッキンガム』P.46:
一階には他にキッチン、事務所、スタッフの住まいと郵便局がある。宮殿の長い廊下には実際郵便局があり、配達員がいて、一日に一五〇〇通もの郵便物を配る。
Meyer-Stabley原本:
Toutes les autres pièces du rez-de-chaussée sont occupées par les cuisines, des bureaux, quelques appartements du personnel et un bureau de poste. Car, au palais, il existe un facteur et un vrai bureau (le long de Buckingham Palace Road) qui affranchit plus de quinze cents lettres par jour.
Telperion訳:
1階のその他全部の部屋は、厨房、事務室、職員の住居がいくつか、そして郵便局で占められている。なぜなら、宮殿には郵便配達員と本物の事務局(バッキンガム・パレス・ロード沿い)が存在し、1日1500通以上の手紙に切手を貼るからだ。

宮殿1階で主な部屋を個別に説明した後、その他の部屋をまとめて紹介している部分から。

"Buckingham Palace Road"は道路の名

新倉真由美の「宮殿の長い廊下」に相当する原文は"Buckingham Palace Road"。読み比べただけでも、「本当に廊下の名前なのか?」という疑念が湧いてくる。すべての単語が大文字で始まる「バッキンガム宮殿道路」は、廊下を指すには奇妙な名前。本当に廊下のことなら、名前の由来を説明するとか、« と »で囲むとかしそうなものだが、それもない。

一番ありそうなのはやはり道路の名前。そして実際、少し調べれば、宮殿沿いの"Buckingham Palace Road"という道路は実在すると分かる。なのに廊下呼ばわりする理由はない。

英国ロイヤルコレクションのサイトより
バッキンガム宮殿周辺の地図を見ると、中央下から"BUCKINGHAM PALACE ROAD"が宮殿に向かって北北東に伸びているのが分かる。この道路は"The Queen's Gallery"の近くで東北東に向きを変え、宮殿の南を通っている。
googleマップより
バッキンガム宮殿を見ると、A3214という道路が宮殿の南を通っている。同じくgoogleマップで"Buckingham Palace Road"を検索すると、A3214という道路がヒットする。A3214とは"Buckingham Palace Road"の別名だとみてよいだろう。

バッキンガム・パレス・ロードと郵便局の位置関係

googleマップでの宮殿の形と新倉本P.37の宮殿1階の形を照合し、郵便局がどこにあるかを示した図がこちら。googleマップの図を直接取り込むのは問題がありそうなので、下手くそながらペイントで宮殿の形を写し、見取り図の説明を添えた。

バッキンガム宮殿の郵便局の位置

赤い丸が郵便局の場所。バッキンガム・パレス・ロード沿いと呼ぶには少し遠いが、道路まで比較的行きやすい場所にある。廊下は中庭側にあるので、郵便局は廊下に面していない。

1500通を超えるのは宮殿からの手紙

バッキンガム宮殿支局の業務を示す関係節"qui affranchit plus de quinze cents lettres par jour"の述語になっている動詞affranchirは、『プログレッシブ仏和辞典第2版』に「~を解放する、~に切手を貼る、~に教える」という意味が載っている。ここでは手紙が目的語なのだから、当然「切手を貼る」。宮殿支局が切手を貼るのだから、手紙は宮殿から発信されるもの。

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Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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