伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

意外と贅沢な高級職員執務室

『バッキンガム』P.48:
これらの部屋には贅沢な調度品は見当たらず、マホガニー製の事務机や観葉植物、チェスターフィールドのソファ、女王のコレクションには程遠い絵画などが置かれている。
Meyer-Stabley原本:
En ces locaux qui ressemblent à s'y méprendre à ceux de managers, rien de très luxueux - bureaux en acajou, plante vertes, fauteuils Chesterfield... -, mis à part les tableaux qui proviennent de la collection de la reine.
Telperion訳:
幹部の場所と見まがうようなこれらの場所に、とても贅沢なものは何もない。マホガニーの机、観葉植物、チェスターフィールドの肘掛け椅子…ただし絵画は例外で、女王のコレクションに由来する。

君主手許金の管理人や女王夫妻の個人秘書などの執務室について。

まるで幹部の場のよう

文の最初の"En ces locaux"(これらの場所には)の後には、quiで始まる関係節が続いている。新倉真由美が訳さなかったこの関係節によると、「これらの場所」は次のような場所。

Ces locaux ressemblent à s'y méprendre à ceux de managers.

この文は、"Ces locaux ressemblent à ceux de managers."(これらの場所は幹部のそれらに似ている)に"à s'y méprendre"(間違えるほどに)が付いたもの。つまり、見間違えるほどに幹部の場所にそっくりということ。

とても贅沢な絵画

最後の"mis à part"から文末までは、「女王のコレクションに由来する絵画を別にすると」という意味。最初に書いた私の訳は、この部分が文の最後に自然に来るように手直ししたもの。原文は2つの語句が関係詞quiによって結ばれている。

1. mis à part les tableaux (絵画が別にされて)

これは分詞構文"les tableaux étant mis à part"が次のように変化したもの。

  1. étant(英語のbeingに相当)を省略
  2. "les tableaux"と"mis à part"を倒置

とても贅沢なわけではないものの例が挙がった後に「絵画が別にされて」が続くのは、絵画は「とても贅沢なものは何もない」に当てはまらないから。

2. les tableaux proviennent de la collection de la reine. (絵画は女王のコレクションに由来する。)
これは「絵画は他のものと違い、とても贅沢だ」という前の記述の駄目押し。

高級品が多いとはいえ地味な執務室の中で、絵画だけが宮殿ならではの圧倒的な贅沢さを誇っているのだろう。

ある程度は贅沢な調度品

原文には"rien de très luxueux"(とても贅沢なものは何もない)とある。私は普段なら「とても」の有無を大して気にしないが、ここで「贅沢なものは何もない」はちょっと言い過ぎのような気がする。マホガニーの机やチェスターフィールドの椅子は、宮殿の最も豪華な家具に比べれば地味とはいえ、十分贅沢だと思う。ましてや、執務室の贅沢さを物語る描写が2つもなくなった後で「贅沢なものは何もない」では、部屋の印象が殺風景過ぎる。

ソファでなく肘掛け椅子

fauteuilの意味は、「背もたれと肘掛けのついた椅子、劇場などの席」などだが、ソファのような椅子は指さないらしい。チェスターフィールドのソファは有名らしいので、筆がすべっても仕方ないかなと思う。ただ、執務室の椅子なのだから、やはりメインは肘掛け椅子のほうがもっともらしい。

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Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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