伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

感動の渦から外された近くの観客

『ヌレエフ』P.303:
天井桟敷の最前列からブラボーという声と拍手が聞こえると、花束が舞台の上に投げられ散らばった。
Meyer-Stabley原本:
Des premiers rangs au poulailler, tandis que crépitent les bravos, des fleurs sont jetées et jonchent le plateau.
Telperion訳:
最前列から天井桟敷まで、喝采が弾けた一方、花が投げられ、舞台を覆った。

1992年10月8日、ヌレエフ振付「ラ・バヤデール」全幕初演後のカーテン・コール。すでにヌレエフは病が重く、観客の前に姿を見せるのはこれが最後となった。

仏文和訳

文の最初の"Des premiers rangs au poulailler"の中にあるdesは"de les"の、auは"à le"の縮約形。分かりやすさのために縮約形を元の2語に戻すと、"De les premiers rangs à le poulailler"となる。これは"de A à B"(AからBまで)という形をしている。だから「天井桟敷(le poulailler)の最前列(les premiers rangs)から」でなく「最前列から天井桟敷まで」。

感動が広がった範囲の差

このカーテン・コールは、この本の中でも有数の胸をゆさぶられるシチュエーション。「パリ中が彼に残された時間が多くないことを知った」(新倉本P.304より)は多分誇張ではない。引用直前の文は、新倉真由美訳では「舞台裏でも舞台上でも、すべての人の顔に涙が流れていた」。舞台裏と舞台上なのだから、これは「ラ・バヤデール」制作にかかわったバレエ関係者たちの反応。そして次の文で書かれるのが、観客の反応。

新倉真由美の文には、ごくわずかながら違和感があった。なぜ、ブラボーの声がかかるのが、天井桟敷の最前列というはるか遠くからなのだろう。「すべての関係者が涙を流した」に続くべき文は、「すべての観客が喝采した」だろうに。Meyer-Stableyは厳密な事実よりも場面の盛り上げを重視するライターだと私は思うし、近くの観客がブラボーと叫ばなかったというのは事実ですらなさそう。でも、原文に目をやったことはあるものの、しっかり訳そうとはしなかったため、舞台の一番近くから一番遠くまでの観客が喝采しているということに、私は今まで気づかなかった。正直、手抜かりだった。

実は、関係者に関する文は、原文だと単に"sur les visages"(顔の上に)であり、「すべての人の」は新倉真由美による追加。しかし、関係者の反応が少し誇張されたからといって、観客の反応がかなり狭められたことは相殺できないと思う。普通の公演後ならまだしも、この公演については大目に見たくない。

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

カテゴリ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
タグ

マーゴ・フォンテーン エリック・ブルーン ノートルダム・ド・パリ パトリック・デュポン マリア・トールチーフ ミック・ジャガー 

全記事表示リンク

全ての記事を表示する