伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

効率が良くなった連絡方法

『バッキンガム』P.46:
家族の誰かや使用人に伝えたいことがあるとき、エリザベスは電話をかけてもらうように頼む。以前、メッセージが肝心な人に伝わらず他の人に流れ、一日中その収束に追われたことがあった。効率が悪くても礼儀は守るのだ。
Meyer-Stabley原本:
quand elle a quelque chose à demander à l'un des ses familiers ou serviteurs, Élisabeth l'appelle au téléphone et le prie de venir la voir ou de lui donner le renseignement désiré. Autrefois, il fallait que le message passe d'un dignitaire à l'autre, et des journées entières s'écoulaient ainsi à respecter l'étiquette, au détriment de l'efficacité.
Telperion訳:
懇意な友達や召使の一人に頼みごとがあると、エリザベスは相手に電話をかけ、会いに来るか知りたい情報を教えるように頼む。かつては、メッセージはある高官から別の高官に渡す必要があり、こうして礼儀作法を尊重するために一日まるごとが流れ去り、効率が犠牲になっていた。

女王の現在の連絡方法

誰かに用があるときにエリザベス女王がすることは、Élisabethに続く2つの述部で表される。2つの述部はet(そして)で結ばれている。

1. l'appelle au téléphone
意味は「彼を電話で呼び出す」。述語の動詞appelerの基本的な意味は「呼ぶ」で、『プログレッシブ仏和辞典第2版』には、そのまま「appeler qn(人) au téléphone …を電話口へ呼ぶ」という言い回しが載っている。
2. le prie de venir la voir ou de lui donner le renseignement désiré

最初の"le prie de"は、「~するように彼に頼む」。頼みごとの内容は、deに続く2つの不定詞句。この2つはou(または)で結ばれている。

  • venir la voir (彼女に会いに来る)
  • lui donner le renseignement désiré (望みの情報を彼女に与える)

要するに、まず女王は相手に電話をかけ、会うことにするか、その電話で用事をすませる。

かつての連絡方法

Autrefois(かつては)に続く文の最初は"il fallait que ~"(~することが必要だった)。するのが必要だったこととは、"le message passe d'un dignitaire à l'autre"(メッセージが一人の高官からもう一人に渡る)。l'autre(もう一人)は"un dignitaire"(一人の高官)に続くので、「もう一人の高官」のこと。

"il fallait que ~"(~することが必要だった)を無視しなければ、その後に書いてあるのは正規の手続きであり、不測の事態ではないということは分かるはず。そうすれば、"d'un dignitaire"(ある高官から)を「肝心な人に伝わらず」とか、l'autre(もう一人)を「メッセージの間違った相手」とか勘違いすることもない。

かつての連絡方法の影響

その後の文は、次のように分けられる。

  • et des journées entières s'écoulaient" (そして複数のまるごと一日が流れ去っていた)
  • ainsi à respecter l'étiquette, (こうしてエチケットを尊重するために)
  • au détriment de l'efficacité (効率を犠牲にして)

礼儀を守るために非効率に何日も費やしたと書いてあるだけ。高官から高官に伝言が渡るには多大な時間がかかるに決まっているのだから、昔の伝達方法は格式があったがむやみに日数がかかったと解釈するのが自然。

誰かに用があるとき

冒頭のquandからÉlisabeth直前のコンマまでは、女王が誰かに連絡したくなる場合の説明。ここの新倉真由美訳は上のほど無茶ではないが、一応書いておく。

  1. demanderは「伝える」でなく「頼む、求める」。基本的な単語のはずだが、新倉真由美は『ヌレエフとの密なる時』でも、demanderを「(賛辞を)浴びせ」という、今回と似たような訳し方をしている。
  2. familierは英語のfamiliar(なじみのある、親しい)に似た単語で、「親しい人、なじみの人」。ちなみに家族のフランス語はfamille。

更新履歴

2014/6/7
女王の最初の頼みごとを"la voir"と書き間違えていたので、"venir la voir"に修正

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

カテゴリ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
タグ

マーゴ・フォンテーン エリック・ブルーン ノートルダム・ド・パリ パトリック・デュポン マリア・トールチーフ ミック・ジャガー 

全記事表示リンク

全ての記事を表示する