伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

大理石の広間に大理石がない?

『バッキンガム』P.44:
大広間と大階段から先には大理石は使われていない。
Meyer-Stabley原本:
Puis, dès le Grand Hall et le Grand Escalier, vous vous apercevez qu'on n'a pas lésiné sur le marbre.
Telperion訳:
次に、大広間と大階段から始まり、大理石が惜しげもなく使われたことに気づく。

文中で使われている動詞lésinerは「出し惜しみする、けちる」。原文ではlésinerが否定形で直説法複合過去の時制(n'a pas lésiné)なので、「出し惜しみしなかった、けちらなかった」となる。

重要な単語を仏和辞書できちんと調べていれば、起こらなかった間違いだろう。しかし、Meyer-Stableyの説明順序を宮殿見取り図と照合することも、この間違いを防ぐ助けになったはず。

移動ルートへの目配り

引用した文がある第1章の原題は"Suivez le guide"(ガイドに付いてきてください)。Meyer-Stableyはガイドが観光客を案内するように、無理なく移動しながら宮殿のいろいろな場所を説明している。大理石がある場所に集中して、その様子を見てみる。

  1. 宮殿1階に入ったばかりのところでこの文を書く。
  2. この文に続いて、建築家ジョン・ナッシュが宮殿の4か所のために大理石をイタリアから取り寄せたと書く。その4か所とは、ここでの新倉真由美の訳語を借りれば、大階段、大広間、大理石の広間、護衛室。
  3. その後、大広間と大階段の外観について説明してから、1階の別の部屋に移動する。そのとき大理石の広間を通過していることが、「大理石の広間を後にして」(新倉訳)という文から分かる。

新倉本P.37-39にある宮殿見取り図と見比べると、Meyer-Stableyは次のルートをたどっていると分かる。

  1. 大玄関から1階に足を踏み入れる。
  2. 大玄関につながる大広間に入る。
  3. 玄関から見て左側から大広間を抜け、大階段に着く。
  4. 大階段を上らず、大理石の広間を通りながら、そこに隣接するいくつかの部屋を順に見る。
  5. 2階にある護衛室(見取り図では「衛兵室」)には行かなかった。

このルートを頭に入れると、大理石が豪華な場所の起点として、Meyer-Stableyが大広間と大階段を挙げたのは自然。そして、Meyer-Stableyのルートに沿うと、原文を見ずとも新倉真由美の説明はおかしい。

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Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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