伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

女王の在宅を示す旗は690枚もない

『バッキンガム』P.41:
女王陛下の在宮中は、赤と金の二色の六九〇枚の王室旗が飾られる。
Meyer-Stabley原本:
Six cent quatre-vingt-dix pièces sur lesquelles flotte l'étendard royal lorsque Sa Majesté réside au palais. Deux couleurs dominantes : le rouge et l'or.
Telperion訳:
女王陛下が宮殿に在宅の折は、690部屋の上に王室旗がたなびく。支配的な色は2色、赤と金だ。

仏文解釈

最初の文の直訳は、「陛下が宮殿に在住するときは上に王室旗がたなびく690部屋」。

  1. "six cent quatre-vingt-dix"(690の)が修飾するのは、明確にpièces(部屋)。
  2. "l'étendard royal"(王室旗)は単数形なので1枚。
  3. "Six cent quatre-vingt-dix pièces"(690部屋)に続く関係代名詞は、"sur lesquelles"の形をしている。だから関係節の文"flotte l'étendard royal"(王室旗がたなびく)の後に、"sur six cent quatre-vingt-dix pièces"(690部屋の上で)が補われるのだと分かる。

原文が正しい証拠

690部屋の上に1枚の旗がたなびくという原文の描写からは、宮殿の上に旗があるのを想像できる。実際、君主の在宅時に王室旗、不在時にユニオン・ジャックが掲げられるというのは、バッキンガム宮殿の観光客にはよく知られているらしい。日本語の説明を多くのWebページで読めるが、ここではそのことに言及した資料を2つ挙げる。

英国王室公式サイトの王室旗説明ページ
女王の在宅と宮殿の旗の関係がこう記されている。ユニオンジャック(Union Jack)も王室旗(Royal Standard)も単数形、つまり1枚。
The Royal Standard is flown only when the Sovereign is present. If the Union Jack is flying above Buckingham Palace instead of the Standard, The Queen is not in residence.
王室旗がたなびくのは、君主がそこに居る時だけである。ユニオンジャックがバッキンガム宮殿の上で王室旗の代わりにたなびく場合、女王は宮殿にいない。(Telperion訳)
『さむがりやのサンタ』(レイモンド・ブリッグズ著、すがはらひろくに訳、福音館書店)
クリスマスシーズンに本屋でよく見かける名作絵本。バッキンガム宮殿にプレゼントを届けに来たサンタが、旗を見て女王一家の在宅を確かめる場面がある。その絵でも大きな1枚の王室旗がひるがえっている。

二色とは言いにくい王室旗

英語wikipediaにある英国王室旗の説明ページで英国王室旗の画像を見ることができる。地の1/4が青く、アクセントとして効いているのが分かる。Meyer-Stableyが単に「2つの色」でなく「2つの支配的な色」(Deux couleurs dominantes)と述べたのは、それを念頭に置いていたからだろう。

Meyer-Stableyへの軽い疑問

英国王室サイトのバッキンガム宮殿説明ページによると、

Buckingham Palace has 775 rooms. (バッキンガム宮殿には775部屋がある。)

この引用は2016年現在のものだが、2014年に王室サイトにあった説明文でも部屋の数は775だった。原本が2002年出版とはいえ、12年で85も部屋が増築されるのだろうか。

更新履歴

2016/12/7
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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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