伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

カーナーヴォンの間はベルギー・スイートの一部

『バッキンガム』P.45:
隣接しているカーナヴォンの間は、ベルギー風の大理石の広間に繋がるスイートルームで、ヴィクトリア女王とベルギーの王の叔父にあたるレオポルド一世の時代から、国家の長が訪問した際のゲストルームとして使われている。
Meyer-Stabley原本:
Juste à côté, la salle Carnarvon (du nom du gentilhomme qui conseilla l'achat de Buckingham House au roi George III) conduit de la salle des Marbres à la suite belge où résident les chefs d'État en visite depuis l'époque de Léopold Ier, oncle de la reine Victoria et roi des Berges.
Telperion訳:
すぐ隣りでは、カーナーヴォンの間(国王ジョージ3世にバッキンガム・ハウスの購入を勧めた貴族の名を取る)を通り、大理石の間からベルギー・スイートに至る。ベルギー・スイートには、ヴィクトリア女王の叔父にしてベルギー国王だったレオポルド1世の時代から、訪問中の国家元首が滞在する。

宮殿1階にある1844の間(原文は"la salle 1844"、新倉真由美訳は「一八四四の客間」)を説明した後。

仏文解釈

この文から分かりやすさのためにいくつかの補足説明を省くと、根幹の文は"la salle Carnarvon conduit de la salle des Marbres à la suite belge"(カーナヴォンの間は大理石の間からベルギー・スイートまで通じる)となる。

  • 文の述部で使われている"conduire à ~"は「~に通じる、~に至る」。
  • "de la salle des Marbres"は「大理石の間から」。"de A à B"(AからBまで)はありふれた表現なので、"de la salle des Marbres"が" à la suite belge"の前に割り込んでも自然に見える。

本文と見取り図の整合性

この本にはバッキンガム宮殿の大まかな見取り図が載っている。訳本P.37にある1階の図を見ると、次のようになっている。

  1. 「1844の客間」は「弓形の間」と「ベルギーの続き部屋」に挟まれている。「弓形の間」は引用部分の前で説明済みなので、この段落で説明するのは「ベルギーの続き部屋」のはず。
  2. 「大理石の広間」は廊下のような形をしており、「1844の客間」や「ベルギーの続き部屋」など、多くの部屋に接している。
  3. カーナーヴォンの間の名前は載っていない。

私が「カーナーヴォンの間は大理石の間からベルギー・スイートまで通じる」を読んで想像するのは、大理石の間とベルギー・スイートをカーナーヴォンの間がつないでいるというもの。しかし見取り図では、大理石の間とベルギー・スイートは直接つながっている。どういうことだろうか。

ここで、スイートとは連なった複数の部屋を指すということを思い出してほしい。見取り図でも「ベルギーの続き部屋」は、内部で行き来できる複数の部屋として図示してある。大理石の間からベルギー・スイートに入るとき、最初に入る部屋がカーナーヴォンの間なら、「大理石の間からベルギー・スイートまで通じる」という表現に合う。

推測を信頼してよさそうな材料

google検索

何といっても、今はgoogle検索が非常に強力な時代。たとえば、これはスキャンされた新聞らしいが、"Britain Prepares Lavish Reception for King Faisal"という題の記事に、カーナーヴォンの間がベルギー・スイートに含まれる部屋だという記載がある。

Faisal will stay that night in Buckingham Palace in the famous Belgian suite, the most magnificent guest suite in Britain.
Its seven great rooms overlooking the palace gardens and lake are used only for the accommodation of heads of state. (中略)
The small dining room in the suite is called the Carnarvon Room and (後略)

ファイサル国王はその夜バッキンガム宮殿で、英国で最も壮麗なゲスト・スイートである有名なベルギー・スイートに宿泊する。
その7つの広大な部屋は宮殿の庭園と湖を臨み、国家元首の宿泊にのみ使用される。
スイートにある小さなダイニング・ルームはカーナーヴォンの間と呼ばれ、

原文の記述

原文では、引用した文に続いて"la suite belge"のいろいろな部屋について説明している。同じ段落でベルギー・スイートの部屋をあれこれ説明しているのだから、カーナーヴォンの間もそうではないかと想像することはできる。

ただし、新倉真由美の文を読んでも、ベルギー・スイートの部屋の説明だとはまったく思えない。それについては記事「消されたベルギー・スイート」で書く。

レオポルド1世の地位

où以降文末までは、"la suite belge"を修飾する関係節。その中に名が出るレオポルド1世は、"oncle de la reine Victoria et roi des Berges"(ヴィクトリア女王の叔父、そしてベルギーの王)。「ヴィクトリア女王とベルギー王の叔父」でないのは簡単に分かるはず。

  1. ヴィクトリア女王は何冊もの書籍の題材になっているのだから、そのどれかを読めばレオポルド1世の説明はあるだろう。英語wikipediaにはレオポルド1世の項目まである。
  2. Meyer-Stableyは英国の王族について説明しながら、外国の王族にも何度も触れている。ここで「ヴィクトリア女王の叔父レオポルド1世の甥」、つまりヴィクトリアの従兄弟に当たるかもしれない国王を名前で呼ばないのは不自然過ぎる。

このスイートに「ベルギー」が付くのは、ベルギー国王たるレオポルド1世の宿泊場所だったからだろう。

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プロフィール

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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