伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

何人もいる園芸好きの王族

『バッキンガム』P.53:
ロイヤルファミリーはウィンザー公になったエドワード八世を密かに庭師のように思っていた。
Meyer-Stabley原本:
La famille royale passe pour jardinière dans l'âme, à l'instar d'Édouard VIII, devenu duc de Windsor :
Telperion訳:
ウィンザー公になったエドワード8世にならい、王家の人びとは心底からの園芸家だと思われている。

原文には3つのイディオムがあるが、新倉真由美訳ではその訳語すべてがおかしい。

1. passer pour ~

意味は「~と思われる、~で通用する」。このイディオムはこの文の述語であり、主語は"La famille royale"。これは、王家が誰かを園芸家だと思うのではなく、王家が他の人びとに園芸家だと思われるという意味。実際、Meyer-Stableyはこの後、園芸好きの王族として、エリザベス皇太后とチャールズ皇太子も挙げている。

2. dans l'âme

意味は「心から」。直前のjardinièreを修飾しており、王族が園芸に打ち込んでいることを表している。

3. à l'instar de ~

意味は「~の流儀で、~にならって」。Meyer-Stableyが園芸好きの王族として挙げた3人のうち、バッキンガム宮殿でその趣味を最初に発揮したのがエドワード8世。エリザベス皇太后が王妃になったのはエドワード8世の退位後だし、チャールズ皇太子が最も後に生まれたのは言うまでもない。だからMeyer-Stableyは「エドワード8世にならって」いう表現で、エドワード8世を先駆者のように述べたのだろう。

原文は"dans l'âme"までで完結した文になっている。"à l'instar d'Édouard VIII"以降は補足説明であり、原文に必須な語句ではない。しかし新倉真由美は、補足説明の中にあるエドワード8世の名前を、文に不可欠な要素に書き換えている。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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