伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

スノードン家のおざなりな呼び方

『ヌレエフ』P.244:
スノードン侯
Meyer-Stabley原本:
des Snowdon
Telperion訳:
スノードン一家

ヌレエフのセレブな友人の一例。ここでいうスノードンとはマーガレット王女の夫のこと。もっとも、新倉本でスノードンの名が初めて出るP.202には「マーガレット&スノードン大佐夫妻」とあるし、マーガレットが王妃呼ばわりされているので、新倉本からはスノードンの素性は明らかとは言えない。

新倉訳の不適切さ

一人だけではない

desは"de les"の縮約形。固有名詞の前に付く複数形定冠詞lesは、「~一家、一族」という意味。だからここで言われているのはスノードン一人でなく一家。実際、新倉本P.202~203を読む限り、ヌレエフはスノードンよりマーガレット王女と親しく、一家ぐるみで交際していたらしい。

爵位が違う

古代中国ならいざしらず、現在「なんとか侯」と言えば、侯爵を指すのが普通だろう。しかしスノードンは伯爵。「スノードン伯」という呼び方は比較的見かけるが、「スノードン候」は少なくともgoogle検索では見かけない。

侯爵にされたもう一人の人物

侯爵でない人物が侯と呼ばれた例はもう一つある。ついでにここに書き加えておく。

『ヌレエフ』P.202:
ロスチャイルド候
Meyer-Stabley原本:
Lord Rothschild
Telperion訳:
ロスチャイルド卿

これもヌレエフのセレブな友人。Meyer-Stabley原本では"Jacob Rothschild"、新倉真由美訳では「ヤコブ・ロスチャイルド」と書かれており、イギリスの男爵であるジェイコブ・ロスチャイルドのことだと分かる。Lordは爵位を持つ貴族一般に対する尊称なので、日本語訳は「卿」でいいと思うのだが、新倉真由美はわざわざ侯爵に限定している。

英国王室本を翻訳する予定のはずなのに

爵位を間違えるのは小さなミスと呼んでよい。でも私の気になるのは、『ヌレエフ』より5か月後の2011年4月付で、『ヌレエフ』と同じくMeyer-Stabley原著、新倉真由美訳の『バッキンガム宮殿の日常生活』が文園社から出版されたということ。イギリス王室の豆知識本らしい。『ヌレエフ』出版のためにやむを得ず抱き合わせたのだろうと想像している。

しかし本を出した以上、知識を求めて真剣にその本を手に取る読者がいるはず。その信頼を裏切らないためにも、きちんとした翻訳で出すのが当然と思う。そのためにはイギリス王室に無知ではいられないはず。『ヌレエフ』後の『バッキンガム宮殿』では爵位をろくに調べず創作するような真似を控えるようになったのか、気になるところ。

更新履歴

2016/5/13
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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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