伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

新倉本『ヌレエフ』の不自然さ - 「三日月クラシック」より(1)

私が2011年2月に初めて新倉真由美による訳本『ヌレエフ』を読んだとき、「どういう理屈でこの文が書かれたのかさっぱり分からない」と当惑することがよくありました。2011年3月に早速「三日月クラシック」へのコメントで愚痴っています。バレエやヌレエフについて知らなくても「この文が正しいとは思えない」と怪しむような個所を列挙してみたいのは、今年最初の記事でも書いたとおりです。

まず原文比較2の記事を取り上げる理由

そういう個所の列挙としてすでに使えるのが、「三日月クラシック」の記事「『光と影』原文比較2」です。元のコメントを書いた当時は、バレエやヌレエフに関する新倉本の間違いに気づく力がとても弱かったので、非論理的な個所の比率が高くなりましたから。すでに『ヌレエフ』を読み、訳文の文脈を知っているなら、この記事を読むだけでも、私が「非論理的」という言葉で何を言いたいかは想像できるのではないかと思います。しかし、その時の私はできるだけ多くの事例を挙げることを最優先にし、説明をごく短くしました。そのため、どこがあからさまにおかしいのか、文脈を知らない人には分からない例もあります。

私はかつてヌレエフもプティも名を聞いたことがないのに、たまたま目に飛び込んだ『ヌレエフとの密なる時』の要約ブログ記事に心を動かされました。だから私も、新倉本を知らない人にも賛同してもらえる文を書けることを常々願っています。そこであの原文比較2に載った項のどこが不自然なのか、明確に書きたくなりました。

ここでは、原本を手にする前から、バレエやヌレエフの知識と関係ないところで怪しんでいた個所について、どのようにして「原本でもこんなに変なことが本当に書いてあるのか?」と疑問を持ったのかを書きます。原文が実際はどんな内容だったのかについては、原文比較2の記事を参照してください。なお、「新倉本が招くヌレエフの誤解(9) - 異様な趣味」でも、原文比較2にある2項について、どこが変だと思ったかを書いています。

ありそうにない内容の訳文

体制側の人間が反体制側の人間を迷いなく抜擢

P.76 迷いのない決定だった。

「才能を重んじる監督セルゲイエフが注目のダンサー、ヌレエフを起用するのは、迷いのない決定だった」なら分かる。しかし新倉本で上の文に続くのは「セルゲイエフは体制に順応しており、一方ヌレエフは最も反抗的だった」という意味の文。その組み合わせで決定に迷いがないはずがない。

故人からのコンタクト

P.112 クエヴァス侯爵バレエ団のライモン・ド・ララン団長*1

付いている注では、この人物が1961年初頭に死亡したとある。なのに本文でラランは、1961年6月に亡命した後のヌレエフと出演契約を契約を交わそうとしている。

女王が授ける慈善公演

P.131 それは慈善公演だった*2。

付いている注では「女王が著名人に授ける栄誉」とある。しかし慈善公演は女王と関係なく行うもののはず。

ソ連の人間が亡命者をほめそやす

P.138 この時期マスコミは、キーロフで15か月後に引退を控えたセルゲイエフの噂を聞きつけていた。彼はヌレエフが即興で他のダンサーの代役を務め、あふれるような才能と決断力を証明したとほめそやした。

ソ連に残り、体制に順応したセルゲイエフが、ソ連から逃亡したダンサーをほめそやす?よくまあそんな恐ろしいことが。

ソ連国外での関係がロシアでは周知

P.183 エリック・ブルーンとの関係はロシアでは周知のことだった。

2人がヌレエフの亡命後に築いた関係が、ソ連で周知になる可能性は低い。それにもしソ連で知られたなら、「ロシアでは周知」より「ロシアでも周知」と書きそうなもの。2人が活動した西側諸国のほうが、2人の関係が明るみに出る可能性はソ連より高いのだから。

ヌレエフがボリショイのコールドバレエを訓練

P.209 ボリショイバレエ団のコールドバレエを完成させた。

かつて「三日月クラシック」への別なコメントで「亡命後はソ連でタブー状態だったはずのヌレエフがボリショイに関与?」と書いたとおり。

引退しないと君臨し続ける

P.245 この機を逸するとそのエトワールは君臨し続けることになるでしょう。

ヌレエフの技術が衰え始めた時期にささやかれ始めた引退待望論。全盛期を過ぎたなら、その時引退しなければいずれ見苦しいパフォーマンスをさらすという予想のはず。訳文では「今引退すると君臨をやめる、引退しないと君臨し続ける」と言っているわけで、それではヌレエフならずとも引退しないだろう。

プティパの振付をヴィオレ=ル=デュクが再考

P.271 伝統的な振付は基本的に口頭伝承であり、バレエの輝かしい露仏時代(一八二二 - 一九一〇)に復元されたのもいくつかのパ・ド・ドゥーやバリエーションなど僅かでしかない。それ以外はViollet-le-Ducによって再考され、ヌレエフはさらに完璧な大作に再構成した。

プティパ原振付の「ドン・キホーテ」についての注。調べてみたらヴィオレ=ル=デュクは建築家、しかもプティパより前に死去。ヴィオレ=ル=デュクがプティパの振付をどうやって再考するのか?元コメントで私はプティパとヴィオレ=ル=デュクの生没年を書いておいたが、それが意味することはやはりはっきり書きたい。

意味不明な訳文

校長とヌレエフの質疑とアドレス帳のやりとり

P.47 ついに校長はルドルフのポケットから無理矢理アドレス帳を引っ張り出した。校長は彼がレニングラードにいたときに泊まっていたウダリツォーヴァの娘の名前を聞き出そうとしているのだと思った。彼女の電話番号は書いていなかった。が、突然激怒の火がつき、チュルコフは飛びかかって彼の手から手帳を取り上げた。

「校長は彼が(中略)聞き出そうとしているのだと思った」の「彼」とはヌレエフと校長のどちらなのか。どちらだと仮定しても、筋の通った説明にならない。

彼がヌレエフの場合
ウダリツォーワの娘とは新倉本P.43に出てくるヌレエフの知人。ヌレエフが自分の知人の名前を校長から聞き出すはずがない。
彼が校長の場合
自分が誰について聞き出そうとしているかは明らかなこと。「聞き出そうとしているのだと思った」では、自分でも確信が持てないかのようで、これまたありそうにない。

校長がアドレス帳をヌレエフから取り上げる描写が2回あるのも変。途中で一度ヌレエフに返したのだろうか。激しく対立中にそんな物わかりのよい態度を取るとは、あまりありそうに思えないが。

プリマバレリーナの過労でバレエ団が分散

P.59 八月キーロフのバレエ団は分散してしまったのだ。若きプリマバレリーナは過酷に働きすぎて意欲を失ってしまった。彼女はひたすら筋肉を伸ばして休め、泥風呂につかり海岸に横たわり休養したいと願っていた。

キーロフ・バレエが「分散してしまった」って、解散でもしたのだろうか。そんな大変な事態が一人のプリマバレリーナの過労から起こるって、どういう大物バレリーナなんだろう。それにしても、なぜバレエ団の分散について以後まったく書かれないのか。

投げ飛ばされる

P.99 ルドルフは投げ飛ばされた。ヌレエフはこうして二度目の誕生を果たした。「私は見事に放り投げられ、

この記事の最初に触れたコメントで書いたとおり。フランスの検査官だか検察官だかがヌレエフを投げ飛ばす妥当な理由がさっぱり思い当たらない。

43歳で完璧に

P.140 ルドルフが完璧に達するには四三歳になるのを待たねばならないはずだった。

バレエについての知識に照らし合わせると変な記述だというのは、「三日月クラシック」のコメントで書いたとおり。それをおいても、フォンテーンと伝説のパートナーシップを確立しようとしている23歳のヌレエフについて書いている最中に、この文が出るのはわけが分からない。当初のヌレエフはフォンテーンと不釣り合いだったとでも?

アクロバティックな容姿

P.162 この時代最も成功していたのはアクロバティックな容姿を持っていたダンサーたちで、

アクロバティックな容姿とはどういうものか、さっぱり想像できない。

2つの国にある不動産

P.203 サントロペに所有していたボドラムの邸宅

サントロぺがあるフランス、ボドラムがあるトルコ。この邸宅はどちらの国にあるのか?

新聞記者がする対戦

P.242 彼は女性的な魅力溢れるValentinoをまねておしろいとポマードを使っているアメリカ男性たちと対戦することになっていた。

新聞記者が不特定多数の男性と「対戦することになっていた」という状況が分からない。ディベートでもするのか?それに直後の文は「自尊心を傷つけられたValentinoは復讐を試みたが(以下略)」。記者がルドルフ・ヴァレンティノの追随者と対戦すると、なぜヴァレンティノの自尊心が傷つくのか?

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プロフィール

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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