伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

半分恋するのは踊りのため

『ヌレエフ』P.144:
彼女はコレット・クラークに「まるでルドルフに恋しているみたい」と打ち明けている。
Meyer-Stabley原本:
Elle confie même à Colette Clark qu'il faut qu'elle soit « à moitié amoureuse de Rudolf » pour danser avec lui aussi bien qu'elle le fait.
Telperion訳:
彼女はコレット・クラークに打ち明けてすらいる。ルドルフと踊るには、そうするのと同じように「彼に半分恋する」ことが必要だと。

ヌレエフとの伝説のパートナーシップに関するフォンテーンの談話。

踊りのために恋心が必要と言う判断

新倉真由美がフォンテーンの言葉として訳したのは、括弧に囲まれた « à moitié amoureuse de Rudolf »(ルドルフに半分恋する)だけ。それに「まるで恋しているみたい」は原文の表現を大して尊重していないように見える。

実際にフォンテーンがコレット・クラークに話した内容は、"il faut"から文末まで。訳は上に書いたので、ここでは注意すべきイディオムについて解説する。

il faut que A(節) pour B(不定詞句)
意味は「BするにはAである必要がある」。AとBに当たるのは次のとおり。
  • A: elle soit « à moitié amoureuse de Rudolf » (彼女が「ルドルフに半分恋する」)
  • B: danser avec lui (彼とともに踊る)
aussi bien que ~
意味は「~と同じように」。「~」に当たるのは"elle le fait"(彼女がそれをする)。「それをする」とは恐らく、すぐ前にある「彼とともに踊る」。

フォンテーンの言葉から見えるのは、2人の踊りを高めるためには自ら恋愛感情を高めることをいとわないほど、踊りにすべてを賭けたダンサー。何の作為もなく恋するような気持ちになったわけではないと思う。

新倉真由美が省いたもう1か所の「半分恋する」

原本では、フォンテーンとヌレエフの恋愛関係が終わったという記述の後に、この「半分恋する」(à moitié amoureuse)という言い回しがまた出る。しかし新倉真由美はこの言い回しに興味がなかったのか、あっさり省いた。

『ヌレエフ』P.158:
二人は七七年まで踊り続け、
Meyer-Stabley原本:
Noureev restera à tout jamais à moitié amoureuse de Margot et dansera avec elle jusqu'en 1977.
Telperion訳:
ヌレエフは永久にマーゴに半分恋し続け、1977年までともに踊ることになる。

『Nureyev: His Life』(Diane Solway著)のペーパーバックP.300~301あたりを読むと、秘書のジョアン・スリングやダンサーのリン・シーモアなど、2人に恋愛関係があったという説に否定的な人もそれなりにいる。Meyer-Stableyがそういう意見をないもののように書くのは偏っていると思う。しかし真偽が定かでなくても、上の文は胸を打つ文だと思う。

更新履歴

2016/5/17
諸見出しを変更、新倉訳への言及を増やす

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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