伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

亡命後すぐスーパースターになったのではない

『ヌレエフ』P.120:
彼はスーパースター、ヌレエフにいくつかの特徴を見出した。
「彼はその肉体、顔、尊大さ、優雅さに特徴があり、的確に演じる術(すべ)を心得ていました」
Meyer-Stabley原本:
Le mentor du couturier reconnaîtra la griffe de « superstar » de Rudolf : « Il en avait le physique, le visage, l'arrogance, la grâce, et il savait pertinemment en jouer. »
Telperion訳:
デザイナーの導き手はルドルフの「スーパースター」らしさを認めることになる。「彼にはそういう容姿、顔、傲慢さ、優雅さがあり、それを的確に操ることができました」

1961年に亡命して間もなく、クエヴァス・バレエの舞台に出ていたヌレエフを見たイヴ・サンローランのパートナー、ピエール・ベルジェの感想。

原文と新倉訳の違い

スーパースターはヌレエフ一人を指す言葉ではない

ベルジェが認めたのはルドルフのスーパースターの特徴(la griffe de « superstar » de Rudolf)。「スーパースターの(de « superstar »)」はヌレエフでなく、ヌレエフが持つ特徴を形容している。「ヌレエフにはスーパースターの特徴がある」と「スーパースターであるヌレエフには特徴がある」は同じではない。前者ではヌレエフが実際にスーパースターだとは限らないのだから。

ヌレエフにはスーパースターの容姿や雰囲気がある

ベルジェの言葉の前半« Il en avait le physique, le visage, l'arrogance, la grâce,»の直訳は、「彼はそれの容姿、顔、傲慢さ、優雅さを持っていた」。文中のen(それの)は、前の文の"de « superstar »"(スーパースターの)を言い換えた代名詞。つまり、ヌレエフの容姿その他はスーパースターのものだということ。

新倉真由美の文だと、ヌレエフの容姿その他には特徴があったというだけで、どういう特徴だったかは分からない。

一般的な演技力については話していない

ベルジェの言葉の後半« il savait pertinemment en jouer. »)にある"en jouer"は、"jouer de 名詞"の言い換え。"jouer de ~"の意味は「~を演じる」ではなく、「~を操る、利用する、演奏する」。"jouer de"の目的語は、すぐ前で書かれた「スーパースターの容姿、顔、傲慢さ、優雅さ」だろうから、"jouer de"は「操る、利用する」だろう。

新倉真由美の文だと、ヌレエフの舞台上での演技についてのみ話しているように見える。

亡命直後のヌレエフは新倉真由美がいうほど盤石ではない

上の1番目と2番目の点について、原文と新倉真由美訳を見比べると、わずかながらも興味深い差がみられる。

  • 原文のベルジェは、ヌレエフにスーパースターのさまざまな特徴があると述べることで、ヌレエフがスーパースターだということを相手に納得させようとしている。
  • 新倉真由美訳のベルジェは漠然と「特徴がある」と言うだけで、どんな特徴かを明かすことはない。一方、ヌレエフがスーパースターであることは既定事実にされている。

この差を次のようにも言い換えてもよい。

  • Meyer-Stableyはヌレエフがスーパースターになりかけているように書いている
  • 新倉真由美はヌレエフが疑問の余地のないスーパースターのように書いている

『Nureyev: His Life』(Diane Solway著)を読む限り、事実をふまえているのはMeyer-Stableyのほう。亡命したばかりのヌレエフは多くの観客を熱狂させていたものの、「亡命という話題性で人気になっている」という批判もあり、人気が一過性かどうかは議論の対象たりえた。例を挙げる。

1962年のヌレエフを含め4人のスターだけによる公演(『ヌレエフ』P.136-138を参照)の評(ペーパーバックP.219)

may have been of more interest to the sociologist than dance critic

舞踏評論家より社会学者の興味を引いたかも知れない

上記の引用と同じく、当時のヌレエフについてのベルジェの発言(ペーパーバックP.174)

At the time, many dancers and choreographers felt that it was only because Nureyev was a Russian who defected that people were taoking about him.

当時多くのダンサーや振付家は、ヌレエフの話題で持ちきりだったのは彼が亡命したロシア人だからに過ぎないと感じていました。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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