伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

テネシー・ウィリアムズの言葉が事実とは限らない

『ヌレエフ』P.204:
アンディ・ウォーホルが催したパーティでルドルフと出会ったテネシー・ウィリアムスは一夜を共にした。
Meyer-Stabley原本:
Tennesse Williams qui rencontrera Rudolf lors d'une party organisée par Andy Warhol à son studio de la 47e Rue Est, sera, lui, tellement séduit par le personnage qu'il se vantera même d'avoir passé la nuit avec lui.
Telperion訳:
アンディ・ウォーホルが東47番街のスタジオで企画したパーティでルドルフと出会うテネシー・ウィリアムズは、この人物にあまりに誘惑されたため、一夜を共にしたとまで自慢することになる。

ウィリアムズの話への信頼を留保した原著者

「テネシー・ウィリアムズがヌレエフと一夜を共にした」という話の出所はウィリアムズ自身。しかしその話しぶりをMeyer-Stableyが"se vanter"と表現しているのが曲者。"se vanter"には「自慢する」の他に「ほらを吹く」という意味もある。つまり、自慢の内容が事実でもそうでなくても使われる言葉。Meyer-Stableyはウィリアムズの話が本当でないという可能性を否定していない。

ウィリアムズの話を事実と断定した新倉真由美

新倉真由美は「ウィリアムズが自慢した」をばっさり省き、揺るぎない事実のように書いた。しかし、原著者がわずかに疑問を残す書き方をしているものを「膨大なデータに裏付けられた事実」(訳者あとがきより)のように見せるのは、「バレエ界にとり貴重な記録」(訳者あとがきより)より、薄弱な根拠をもとに大げさな記事を書くタブロイドに似合う。

「自慢した」より信頼性のありそうな書き方だったとしても、「誰かがこう言っていた」を「こうだった」と言い換えていいかどうか。私は疑り深いほうなので、誰が言ったのか、多くの人が言ったのかどうかによって、その話を信じるかどうかは変わる。信じるか疑うかは読者によって違うだろうか、どちらにしても話の出典は重要な要素。せっかく名を挙げて書いてあるのを省いてもらいたくない。

おまけ1 - 別なヌレエフ伝記も断定を留保

Diane Solway著『Nureyev: His Life』のペーパーバックP.322にも、ウィリアムズとヌレエフに性的関係があったかもしれないという話が書かれている。

Williams had recently met Nureyev in London and had hinted to Persky that he and Nureyev had had a sexaul encounter in London.

ウィリアムズは最近ロンドンでヌレエフと会っており、二人がロンドンで性的な出会いを果たしたとパースキーにほのめかした。(Telperion訳)

“I hope for Tennessee's sake it was true,”Persky said later.

「テネシーのためにも本当だったらよいですね」とパースキーは後に語った。(Telperion訳)

パースキーとはウィリアムズとも仕事をしたプロデューサー、レスター・パースキー(Lester Persky)。Solwayはパースキーにインタビューしている。真偽に立ち入ることなく、一つの証言として提示するのにとどめている。

おまけ2 - ヌレエフとウィリアムズが出会った場所は不確定

上の引用を読めば分かるとおり、二人はMeyer-Stabley本だとニューヨークで、Solway本だとロンドンで出会っている。Solway本によると、ウィリアムズがロンドンでヌレエフと会った後、ウィリアムズとパースキーの発案でウォーホルが東47番街のスタジオ、ファクトリーで多分1965年にパーティーを開いた。Meyer-StableyとSolwayのどちらが正しいのかは私には判断できないが。

更新履歴

2014/9/30
Meyer-Stableyについての記述と新倉真由美についての記述を分ける

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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