伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

ヌレエフの毒舌にプティが動揺したとは限らない

『密なる時』P.41:
彼はそれを使うことを好んでいたが、それは恐怖感やショックを与え、私を情緒不安定にさせた。
プティ原本:
qui font peur, et il aime ça, choquer et rendre son interlocuteur instable.
Telperion訳:
おかげで相手は怖がり、ショックを受け、不安定になったし、彼はそれを気に入っていた。

ヌレエフの話し言葉について述べた長文の最後。この部分は、ヌレエフが多用する攻撃的なアメリカ英語について説明する関係節。文全体を解読するのは私にはとても難しかったので、前の部分は棚上げにした。

話し相手にプティが含まれるかは分からない

  • ヌレエフの言葉が恐れさせ、不快にさせ、不安定にするのは"son interlocuteur"(彼の話し相手)
  • プティはここでヌレエフの言葉づかいや友人関係を長い間語るのだが、その間に自身に触れるのは、「彼はマーゴについて私にこう打ち明けた」だけ。

つまり、「彼の相手」がプティ一人だと決めるべき要素はない。単なる一般論と見なすほうが無難。

ヌレエフが好んだこと

挿入されている"et il aime ça"(そして彼はそれを好んだ)にある指示代名詞ça(それ)は、既出の名詞を厳格に置き換えるよりは、漠然としたことを指すことが多い。この場合、「(ヌレエフの言葉が)相手を恐がらせる」という説明が始まってからçaが現れることから、相手が怖がるという状況を指すのだろうと思う。

新倉真由美の訳を読む限り、ヌレエフが好んだ「それ」と恐怖感を与えた「それ」は同じものに見える。その場合、"qu'il aime et qui font ~"というように、どちらも同じく関係節で説明するほうが自然に思える。

何かとプティの話にする新倉真由美の癖

原本ではプティ自身の話でないのに、訳本ではプティが出てくるのは、『密なる時』ではそう珍しくない。今までにこんな例を見た。

  1. 「観客がタクシーを探した」が「私は群衆に急き立てられながらタクシーを探した」に
  2. 「楽園でテルプシコーレに再会する」が「私の創造する芸術世界の楽園へ再び戻る」に
  3. 「人気のミュージカルを見ないのが不可能だった」に「もはや私には」が追加
  4. 「彼にためらわせた」が「我々にためらわせた」に

ここでの例は最初の2例ほどとんでもなくはないが、それでも強引さを感じる。奇妙な癖だと思う。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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