伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

最後となったガルニエ宮からの退出

『ヌレエフ』P.307:
棺は再びダンサーたちによって持ち上げられ、最後にガルニエ宮の入口まで達した。
Meyer-Stabley原本:
Le cercueil, de nouveau porté par les danseurs, franchit pour la dernière fois le seuil du Palais Garnier.
Telperion訳:
棺は再びダンサーたちに運ばれ、これを最後にガルニエ宮の敷居を越えた。

ガルニエ宮での葬儀が終わった後、埋葬のために墓地に向かうところ。

永遠の別離への感傷を呼び起こす原著者の文

原文の表現のうち、私が取り上げるのは2つ。

  1. "pour la dernière fois"は「最後に」。詳しく書くと、「このことをするのはこれが最後であり、以後することがなかった」ということを指す表現。
  2. "franchit le seuil"は「敷居を越えた」。

この2つを組み合わせた「最後にガルニエ宮の敷居を越えた」は、「ガルニエ宮に出入りするのはこれが最後となった」と同じ意味になる。

棺そのものがガルニエ宮に入って出たのは多分1回、事前の準備に使ったとしてもせいぜい数回。しかしヌレエフは1961年にパリでデビューしたときから、数えきれないほどガルニエ宮を訪れてきた。そこから永久に出て行くヌレエフを見て、列席者、特に同業者たちは、胸にこみ上げるものがあったのではないだろうか。

ヌレエフが最後に観客の拍手を受けた「ラ・バヤデール」の制作あたりから、Meyer-Stableyの文には感傷的なものがかなり混じっている。この文が感傷を誘うのも、偶然とは思わない。

単なる移動の説明のような新倉真由美の文

訳本では"franchit le seuil"が「入口まで達した」になった。私の考えでは、これには次の影響がある。

  • 「入口に達する」という表現では、その場所から出て行ったことを指すように聞こえにくい。百歩譲ってもせめて「出口に達する」では?
  • 「~まで達した」は「終点に到着した」のような言い方なので、それに付く「最後に」もやはり終点到着を表す「ついに」と同じ意味に見える。「これが最後になる」というニュアンスを感じにくい。ただでさえ「最後に」はそういう勘違いを招きやすい言葉なのだから。

その結果、「これが最後になるのか」という感傷を覚える余地が、原文に比べてとても低い。私は原文を読むまで、単に「棺が入口まで運ばれた(そしてそこでダンサーたちに下ろされた)」という説明文だと思っていた。

原本と訳本の違いはかなり微妙で、「誤解を招きやすい」カテゴリに入れるかどうかを迷ったくらい。しかし「入口に達する」と「敷居を越える」はわずかとはいえやはり違うことだし、原文どおりに訳すのは易しい。「入口に達する」が新倉真由美の創意工夫の表れなのか、それとも仏和辞書を引く手間を惜しんで適当に想像したのかは分からないが、成功したとは言えないと思う。

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Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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