伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

『ヌレエフ』第1~7章の間違い一覧: フォンテーンと出会うまで

以下の一覧は、原本『Noureev』(Bertrand Meyer-Stabley著、Éditions Payot & Rivages)の内容が訳本『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(新倉真由美訳、文園社)で変わってしまった個所の一覧です。これ以外の一覧は以下のとおり。

だいたいは翻訳ミスですが、原本の内容をゆがめるような省略、誤植の可能性があるものも含まれます。カテゴリ「誤解を招きやすい」の記事は間違いと断定しにくい問題を取り上げることが多いので、この一覧に入れていません。

巻頭
(P.3) バリシニコフによる弔辞は素直に訳せば十分なのに
(P.3) ポール・ヴァレリーの文は追悼ではない
第1章 開幕
P.12 尉官は下級兵士か
P.12 容姿のタタール人らしさは親子で違う
P.13 戦前は順調に暮らしていた父
P.13 ロシア革命が両親にもたらした恩恵
P.13-14 ヌレエフが生まれた年のソ連
P.16 祈りを馬鹿にはしていないMeyer-Stabley
P.16 幼児の目に焼きついた厳冬の情景
P.19 父の不存在と昇進
P.20 ラジオ音楽には何でも聴きほれた幼い頃
P.20 父の姓はかつてヌリエフだった
第2章 第一歩
P.22 livre(本)とlibre(自由な)
P.24 バレエと出会った場所は劇場
P.29 何も教えようとしない真の教師?
P.29 最初のバレエ教師は民族舞踊を教えていない
P.29-30 50年以上踊りを教え、その40年後に健在?
P.31 2番目のバレエ教師との出会いは1950年
P.31 母の応援は積極的ではない
P.31-32 配給券集めの話ではない
P.34 トラックで舞台を作る方法
P.38 小バレエ団のコールドバレエに難解な役は来るか
P.38 問題が多いコールドバレエへの対処法
P.39 ヌレエフをワガノワに推薦した学校関係者
第3章 レニングラード
P.43 étoileは女性とは限らない
P.44 ワガノワ入学の際の問題
P.47 新入生がキーロフに出演?
P.49 ヌレエフの師プーシキンの教育法
P.50 ワガノワ時代の苦労は小さくはない
P.52 fruste(粗野な)とfrustré(欲求不満の)
P.52 酷評が自己防衛だったとは限らない
P.54 誘われた時の葛藤
P.55 ヌレエフとプーシキンの絆
P.56 national(国内)とinternational(国際)
P.57 同じなのは3作のうち1作だけ
P.59 運命をゆさぶったのはヌレエフの所業ではない
P.59 原本のほうが理があるヌレエフの憤激
第4章 キーロフ
P.64 1人の風貌と存在感がコントラストをなす?
P.64 ヌレエフを選んだドゥジンスカヤの正しさ
P.67 ヴァリエーションで僅か三〇分のうちに悪党たちを屈服?
P.69 ソ連警察の敵意を原著者の見解と混同
P.70 cirque(サーカス)とcritique(評論家)
P.71 実は大っぴらな接触を避けていたヌレエフ
P.72 実在しないキーロフ市
P.73 ソ連の指導者とソ連の第一人者は違う
P.73 フルシチョフと歌う軍曹?
P.74 モスクワは飛行機の出発地(1)
P.74 モスクワは飛行機の出発地(2)
P.75 キーロフでの振付変更
P.77 内心屈服しないソ連の芸術家の多さ
P.77 ministre(大臣)とministère(省)
P.77 ソ連当局による優遇と締め付け
P.77 ダンサーは政府の答弁を予習するか
P.78 わざとらしくない共産党支持アピール
第5章 グラン・ジャンプ
P.83 ennui(困ったこと)とennemi(敵)
P.84 フィガロ紙のヌレエフ讃
P.84 技巧があるダンサーを賢者と呼ぶか
P.84 他人が導入したわけではない工夫
P.85 自分への絶賛を一人による発言だと明記する節度
P.85 追及したのはプライベートの楽しみ
P.86-87 たまたま同じ店にいたのではない
P.87 ヌレエフとクララ・サンの「石の花」鑑賞
P.87 シューズを投げたのは八つ当たりではない
P.89 オ・ナン・ブルーで買った電車
P.91 いなかったことにされたジャーナリスト
P.95 トランジット行きは救済ではなく破滅
P.95 ラコットがヌレエフに付き添うことの長所と短所
P.97 亡命時のヌレエフをロゼラ・ハイタワーは見なかった
P.97 ヌレエフの亡命の根拠となった条約
P.100 選択する権利という尊厳
P.102 数百万人のロシア人や中国人がいるソ連?
P.102 パリで買った舞台用のかつら
第6章 新たな人生
P.107 亡命は衝動的だと示唆するKGB文書
P.107 亡命前のヌレエフがCIAに連絡できるとは思えない
P.107 CIAの手先という説は断固として否定された
P.108 振付家兼ダンサーとはラコット
P.108 ユーリ・ソロヴィエフがKGBに強要されたこと
P.114 一般人が刑事を雇う?
P.114 KGBへの異常なまでの恐怖心
P.115 ロゼラ・ハイタワーに対して謙虚なヌレエフ
P.117 本番前に一人になるのとキーロフへの敬愛は無関係
P.120 亡命後すぐスーパースターになったのではない
P.123 KGBの裏工作は見え透いていたかも知れない
第7章 ひと目惚れ
P.126 トールチーフとバランシンやブルーンの縁がヌレエフを魅了
P.126 トールチーフの談話がハイタワーのものに
P.127 トールチーフとブルーンやバランシンのつながり
P.127-128 ヌレエフとの出会いはブルーンとのロマンスが終わった後
P.130 ヌレエフとフォンテーンはどう出会ったか
P.131 complication(いざこざ)とcompliment(賛辞)
P.131 初めて話す相手にどこまで話せるか
P.132 Fontesはフォンテーンの母の地元でなく旧姓
P.132 フォンテーンのあおりを食らったのはパートナー
P.134 楽屋で鉢合わせしたヌレエフとデヴィッド・ブレア
P.135 admirateur(ファン)とambassadeur(大使)
P.136 イタリアのチュリンジーンズ?
P.136-137 プログラム構成の負担は怪我の原因になるか
P.138 急な登板を予定と呼べるか
P.139 répétition(稽古)とreprésentation(公演) - ジゼル編
P.140 誰の前でも暴言を吐いたとは限らない
P.141 plus belleは「より美しい」、ではde plus belleは?
P.142 ブルーンとの関係はまだ予測できない
P.142 フォンテーンの鼻

更新履歴

2014/1/17
この記事を全一覧の1番目として作成。

なお、この記事の作成日が2012/6/4になっているのは、3つの一覧記事を順に並べるための都合です。

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Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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