伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

レセプションで主役が気づかれないのは奇妙

『ヌレエフ』P.168:
ルドルフは化粧を落として一人で現れ、喧騒を興味深く眺めていましたが、彼に気づく人はいませんでした。
Meyer-Stabley原本:
Rudolf était arrivé seul, démaquillé, et curieusement dans le tohu-bohu personne ne l'avait remarqué.
Telperion訳:
ルドルフはメイクを落として一人で来て、不思議なことに大騒ぎの中で誰も彼に気づかなかった。

ヌレエフが公演後のレセプションに来たときのこと。語り手のMario Bois(マリオ・ボワ?)が1993年に著した『Rudolf Noureev』が原本の参考文献一覧にあるので、この本からの引用と考えられる。

新倉真由美による文の分け方

新倉真由美は恐らく、上の文を次の3つに分けている。

  • Rudolf était arrivé seul, démaquillé, (ルドルフは一人でメイクを落として到着した)
  • et curieusement dans le tohu-bohu (そして奇妙にも大騒ぎの中で)
  • personne ne l'avait remarqué (誰も彼に気づかなかった)

これを訳本と照合すると、新倉真由美が「(ルドルフは)眺めていた」という文を新たに創作し、2番目の部分に追加したことが分かる。実際には2番目の部分は主語も述語もない部分的な語句なので、前後どちらかの文を修飾するはず。

本来の文の分け方

文の冒頭から文末のピリオドまでの一区切りの中にいくつかの文が同格に並ぶ場合、それらの文は一般に接続詞またはコンマで結ばれる。上の原文にその原則を当てはめると、次の2つの文を接続詞et(そして)が結んでいると推測できる。

  • Rudolf était arrivé seul, démaquillé (ルドルフは一人でメイクを落として到着した)
  • curieusement dans le tohu-bohu personne ne l'avait remarqué (奇妙にも大騒ぎの中で誰も彼に気づかなかった)

文中のdémaquillé(メークを落として)は明らかにヌレエフを指すので、この単語は1番目の文につながっている。一方、curieusement(奇妙に)の後は接続詞もコンマもなく文末まで続いているので、この単語は2番目の文につながっているのだろう。

何が奇妙なのか

2番目の文にcurieusementが付いている理由は、「レセプションの主役であるルドルフに誰も気づかないなんて、とても奇妙だ」とBoisが考えているためだと思う。

新倉真由美の唱える「喧騒を興味深く眺めていた」は、私から見ると少しおかしなところがある。このエピソードは1969年のことで、ヌレエフは大勢がざわめくレセプションに慣れっこだったはず。興味深く眺めたくなる要素がそのレセプションにあったか疑問。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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