伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

新年のごあいさつ 2014

ブログ開設後2回目の新年を迎えました。明けましておめでとうございます。このブログに目を通してくれた皆様もよい年になりますように。

『ヌレエフとの密なる時』の原文比較に取り掛かったばかりで大忙しのまま年を超えた1年前と比べれば、今では書きたいことをかなり書きました。でもまだやりとげたという充実感はなく、まだ書ききれていないという不完全燃焼な気持ちです。今の課題を列挙してみます。

  1. 確証不足な個所を確定した記事に昇格させる

    翻訳ミスと断定する記事を書くのに踏み切れない個所はかなりあります。そのうちいくつかは、記事にしたくてたまらない個所です。「保留中」カテゴリで疑念を公開するのは、訳本のままだと明らかに奇異な個所(訳本または原本の別な記述に反する、現実性がとても低い)だけだと決めているので、大部分は投稿見合わせのまま。せめて数個だけでも、その状態から救い出したいものです。去年はラルース仏語辞典サイトを知ったことが強い援護になりました。今年もそういう突破口が見つかればいいのですが。

  2. 翻訳が原因で『ヌレエフ』にある非論理的な記述の例を列挙する

    私が『ヌレエフ』の問題点として記事「このブログでしたいこと」で挙げた3点のうち、「事実誤認の多さ」「原書と異なる人物像」については、列挙した記事を参照として載せてあります。でも、『ヌレエフ』を初めて読んだ当時の私を最も悩ませたのは、まだ列挙記事がない「脈絡のなさ、意図の不明さ」。なにせ当時はヌレエフの伝記を他に読んだこともなく(『ヌレエフとの密なる時』の要約だけです)、バレエの知識も今よりさらになかったので、それらの間違いには気づきにくかったですから。当時の戸惑いをあれこれ書いてみたいです。

  3. 私が抱いている意図的な原文逸脱の疑いについて書く

    原文と訳文がどう違っているかは、比較的客観的に書くことができます。でも、許容できないほど大きく違っているかどうかは、多分に主観的な判断になります。ましてや、訳文が原文と違う理由については推測しかできません。深く考えると憶測が暴走しかねず、危険です。

    でも、やっぱり腹が立つのです、訳本『ヌレエフ』には。私はいくつもの記事で「わざとやってない?」ともう書いています。単なる訳者の力不足ではすまないものを感じます。翻訳の背後にある新倉真由美や文園社の姿勢をまともに取り上げたら、日ごろ抑えている感情を抑えきれなくなるかも知れません。でもまったく書かないままでは、書きたいことを書ききったという気には多分なれないと思います。書き方には十分気を付けたいですが。

  4. Meyer-Stabley原本の感想を書く

    訳本『ヌレエフ』があまりに間違い・改変だらけなため、原本『Noureev』の擁護に走っている私ですが、実のところ、ヌレエフを紹介するためにこの本を薦めるのは気が進みません。私はヌレエフのゴシップを聞きたくないというほど潔癖ではありませんが、Meyer-Stabley本で書かれたヌレエフのバレエ活動に食い足りないものを感じているのは事実。Meyer-Stabley原本自体に関する疑問点も書いてみたいです。

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Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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