伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

ワガノワ時代の苦労は小さくはない

『ヌレエフ』P.50:
私は苦痛の限界にいたわけではありません
Meyer-Stabley原本:
Je n'étais pas au bout de mes peines,
Telperion訳:
私の苦痛には終わりがなかった。

ヌレエフがワガノワ・アカデミーで周囲に反発されたことを述懐する自伝の引用の始まり。

boutは「端、果て」という意味で、それを使ったイディオム"au bout de ~"は「~の果てに、~の終わりに」。これを当てはめるとヌレエフの言葉の直訳は「私は私の苦労の終わりにはいなかった」となる。つまり「苦労の連続だった」。実際、引用部分ではヌレエフが反感を買い始めたことを丁寧に語っており、その中に「あんなのは大した苦労ではない」という文が入っていてはしっくりしない。

au bout deの用例

新倉真由美は「終わり」を「限界」に読み替えているように見える。しかし残念ながら、辞書の用例を見る限り、"au bout de ~"は「~の限界に」でなくあくまで「~の終わりに」として使われている。ためしに『プログレッシブ仏和辞典第2版』から用例を抜粋してみる。

  • arriver au bout d'un travail
    仕事をやり終える(Telperion注: 直訳は「仕事の終わりに達する」)
  • Il n'est pas au bout de ses peines.
    彼はまだ難渋している
  • au bout d'un certain temps
    しばらくたって(Telperion注: 直訳は「ある時間の終わりに」)

ここでの第2項で今回と同じ表現が出ている。なお、この表現は有志が作成した辞書サイトWiktionnaireにイディオムとして載っている。

ne pas être au bout de ses peines
Ne pas avoir fini de rencontrer des obstacles, d'éprouver des contrariétés, des chagrins.
障害に遭遇し、困難や嘆きを感じることが終わっていない(Telperion訳)

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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