伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

メーク中は「若者と死」の撮影対象外

『密なる時』P.37:
メイキャップのカット撮影の時、私はヌレエフが目の前に掲げて自分の顔を見ていた手鏡をつかんだ。
プティ原本:
A un raccord de maquillage je tenais le miroir du danseur devant son visage,
Telperion訳:
メーク直しの時、私はダンサーの鏡を顔の前で支えていた。

ヌレエフとジジ・ジャンメールの「若者と死」の収録現場でのひとこま。この映像は商品化されており、ヌレエフ財団サイトに撮影の説明(音楽が流れるので注意)がある。

撮影ではなくメイク直しをしていた

raccordの一般的な意味は「接合、つなぎ」といったものだが、転じて化粧直しを指す話し言葉でもある。原文ではわざわざraccordに"de maquillage"(化粧の)が付いているのだから、間違いなく化粧直し。新倉真由美がraccordを「カット撮影」としたのは、この単語から英語のrecord(記録)を連想したからではないかと私は想像している。

「若者と死」の映像商品の説明や、ヌレエフ財団サイトの説明を読む限り、収録されたのは完成した作品のみと思われる。ドキュメンタリー用に楽屋を撮影していたとか、他のマスコミが取材に来て写真を撮ったとかいう可能性もあるが、推測を積み重ねるより、raccordをよく調べるほうが確実。

プティはずっと鏡を持っていた

新倉真由美の書き方だと、ヌレエフが鏡を持っていたところにプティが割って入ったように見える。しかし次に挙げる点から、プティは最初から鏡を持っていたのだと思う。

  • この鏡はダンサー、ヌレエフの顔の前にあるというだけであり、ヌレエフが掲げていたという記述はない。
  • プティが鏡を持つ動作は動詞tenirで表現してある。仏和辞書を引くと、tenirは一瞬の動作よりは持続する動作を指すのに使われる言葉だということが分かる。
  • 原文にあるtenaisはtenirの直説法半過去。直説法半過去とは、過去の持続する動作を指すための時制。現に、この部分の近くにある、一瞬の動作を指す述語の時制は、demanda(尋ねた)とdevint(~になった)が直説法単純過去、"ai répondu"(答えた)が直説法複合過去。tenaisとは区別されている。

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Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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