伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

ダンサーが競馬騎手の体に憧れるとは

一般常識に照らし合わせると訳文が奇妙に見える場合、私は原文をチェックするようにしています。今回取り上げるのは、『ヌレエフとの密なる時』訳本には数少ないそういう個所。もっとも、ヌレエフやバレエに関する予備知識と照らし合わせると奇妙に見える訳文は、この本にはいくつもありますが。

『密なる時』P.98:
常に体重に対して強迫観念を持っており、競馬騎手の体型を理想としていた彼
プティ原本:
Lui qui avait la hantise de son poids et courait derrière sa silhouette jockey
Telperion訳:
自分の体重に対する強迫観念があり、シルエットの競馬騎手の後ろを走っていた彼

何に違和感があるのか

『三日月クラシック』のミナモトさんが取り上げていなかったら、私は見逃したでしょう。ミナモトさんの突っ込みは次の通り。

男のバレエダンサーがんなもんを目指したら、病気の前に栄養失調で死ねると思います。誇張した表現なんだろうけど、気になったので一応突っ込んでおく。

言われてみれば、騎手は男の低身長が長所となる数少ない職業だというのは、私でも聞いたことがあります。騎手の体は軽さが重要ですから。一方、男性ダンサーは女性ダンサーを持ち上げるのがつきもので、筋肉を美しく付けることが重要。一般的にダンサーのほうが騎手より長身でがっしりした体だろうと想像できます。なのにダンサーが競馬騎手を理想にするとは不思議です。

原文を読んで考えたあれこれ

原文でヌレエフが追っているらしいのは"sa silhouette jockey"。直訳は「シルエットの競馬騎手」というところでしょうか。ただ、「彼の」にあたる所有代名詞saは女性名詞に付くものなので、プティにとっての主な名詞は男性名詞jockeyでなく女性名詞silhouetteであり、「競馬騎手のシルエット」というつもりなのかも知れません。フランス語は名詞にかかる形容詞が場合によって名詞の前にも後にも付きます。私の語学力では、前後どちらが他方を修飾しているのか断定できません。

jockeyは仏和辞書で引いてもやはり「競馬騎手」ですが、体重に関係する複合語があります。ラルース仏語辞書から引用します。フランスでも競馬騎手は軽いという認識なのですね。

Régime jockey
Familier. jeûne forcé ou régime alimentaire amaigrissant.
俗語。体重を減らす強制絶食または食餌療法。(Telperion訳)

おおもとのプティの文では「シルエットの競馬騎手」をどう解釈するのかが肝心ですが、残念ながら私の手に負えません。しかし、プティが体重の強迫観念に触れていることや、体重が軽い騎手を引き合いに出していることから、ヌレエフが体重を軽くしたがっていたのは間違いなさそうに思えます。ただし、プティが言う競馬騎手には「彼の」とか「シルエット」とかが付いており、一般的な競馬騎手を指してはいないのでしょう。もっと軽い理想の体重の持ち主を漠然と指す言葉として、"sa silhouette jockey"という言葉を選んだのではないかと思います。とはいえ、もっと適切な解釈があるのかも知れません。

新倉真由美の対処法

新倉真由美はプティの表現「彼のシルエットの競馬騎手の後ろを走る」から「彼のシルエットの」を省きました。このため、ヌレエフが理想としたのが本物の競馬騎手のように見えます。これが原文と最も違う点ですね。後は、前半が体重の話なのに後半がなぜか体型の話になったことでしょうか。

新倉真由美がプティの表現をそのままにせず、自分に分かりやすいだろう表現に言い換えることに、私は本来好意的ではありません(代表例は「B氏への賛辞にプティがうんざりしなくなった日」)。しかし、今回の部分はプティの表現がとにかく難解だし、新倉真由美による言い換えの程度も少ない。それに、私の推測と新倉真由美の解釈は多分あまり違いません。「もっと原文を緻密に見ればいいのに」より「これだからプティの文は怖い」という感想が先に出ます。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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