伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

困難がない生き方と困難を無視しない生き方

『密なる時』P.58:
そうやってヌレエフは何事もおざなりにすることなく生活し、アスリートの人生には必要とされる、大きな困難も名声に執着する憂鬱もなかった。
プティ原本:
Vivre ainsi en ne négligeant rien, ni les grandes difficultés qu'exigeait sa vie d'athlète, ni l'ennui de cultiver sa gloire,
Telperion訳:
アスリートの生に不可欠な大きな困難も、栄光を育むことの倦怠も、何ごとも無視せずにこうして生き、

"Aを否定する文 ni B"は、Aを否定した後でBも否定するための構文。上の原文に当てはめるとこうなる。

A
rien(何も)
B
  • les grandes difficultés qu'exigeait sa vie d'athlète(彼のアスリートの人生に不可欠な大きな困難)
  • l'ennui de cultiver sa gloire(彼の栄光を育てることの倦怠)
Aを否定する文
en ne négligeant rien(何も無視せずに)
Bも否定する文
  • 彼のアスリートの人生に不可欠な大きな困難も無視せずに
  • 彼の栄光を育てることの倦怠も無視せずに

ヌレエフは困難さがない気楽な生活をしていたのではなく、困難にも倦怠にもきっちり対処し、乗り越えていたのだろう。実際、プティは「彼の人生に不可欠な困難」(difficultés qu'exigeait sa vie)と書いている。それに、膨大な練習を毎日欠かさなかったヌレエフには、「困難がない」より「困難から逃げない」のほうが似つかわしい。

2014/2/26
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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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